2-11

 二〇xx年 五月二二日 午前八時四二分 白華学園 2-C教室――。

「矢吹ちゃん遅くない?もうHRの時間過ぎてるんだけど」

「なんかあったのかな」

 放課後の教室で、クラスメイト達は口々にそんなことを話していた。

「人間なんだから、遅刻の一回二回あるでしょーが。何を大げさに心配してんの」

 花崎は『月刊・寺社仏閣』を読みながら、そう言い放つ。矢吹の心配をしていたクラスメイト達は、とげとげしい態度に黙り込んだ。

「とか言いつつ、天原がまだ来ないのかってソワソワしてるくせに」

「うるさい!」

 隣で笑いながら言ってきた片瀬に雑誌を投げつけ、花崎はむすっと黙り込んだ。

「あはは……ごめんて」

 苦笑しつつ雑誌を返した片瀬は、窓の方へ意味もなく視線を向ける。

 時計の針が四五分を指す頃、換気のために明けていた窓の枠に人の手らしきものが見えて、片瀬はぎょっとした。

「まだHRは始まっていないのか。矢吹先生に何か……」

 平然と窓から侵入してきたミコトに、クラスは騒然となった。

「なんだ? 騒がしいな……。おはよう、片瀬」

 挨拶もそこそこに、ミコトはさっさと席に着くと、スマホを弄り始めた。

「あ、天原、ここ三階だけどどうやって入ってきたの!?」

「急いでいたのでな。2-Cまでの最短ルートを割り出した結果、ワイヤーガンで窓から侵入するのが最適解だと」

 なんとはなしにミコトが言うので、

「そ、そっか……あんまり危ない事しないようにね……」

 と片瀬は返して口を閉ざした。

「みんな遅刻くらいでピーキャー言い過ぎなのよ。アンタもそう思うでしょ、天原」

「……」

「ねえ、聞いてんの?」

「……ああ」

 スマホを弄りながらそう返すミコトに、花崎は不愉快そうに眉をひそめる。

「なんなの、その生返事」

「……機密事項なので詳しくは言えないが。しかし……」

「天原、どうしたの?」

 片瀬がミコトの顔を覗き込むと、ミコトはしばし考えてから、口を開く。

「クラス委員である君と花崎には話しておくべきか。実は――」

 ミコトがそこまで言うと、ガラリと音を立てて扉が開いた。

「静かにしたまえ。今日は矢吹先生が体調不良で来られないようなので、俺が代わりにHRを行う」

 入ってきたのは数学の東山。彼はいつも通りの厳格な表情を崩さず、教卓につく。

「ええ~、矢吹ちゃん大丈夫なのぉ」

「昨日元気そうだったのに」

「静粛にしろと俺は言っているのだが? 此処は幼稚園か何かか」

 東山は不満そうな女子生徒たちを一喝すると、黒板の方へと向き直る。

「では、連絡事項だが――」

「東山先生」

 ミコトが片手を挙げて、席から立ち上がる。

「なんだ」

「矢吹先生が体調を悪くされたと聞きましたが、……どの程度の容態でしょうか?」

「……なぜだ?」

「いえ、今朝、自転車で学校に来ている矢吹先生を見かけたので」

 ミコトの言葉にクラス中がざわめいたが、東山は動揺することなく答える。

「学校に来てしばらくしたら、気分が悪くなったそうだ。今は職員室で休んでいるらしいが」

「そうですか。時間を割いていただき、ありがとうございます」

「いや、構わない。ではHRを続けるぞ」

 東山が連絡事項を話し始めると、斜め前の花崎がミコトに耳打ちしてくる。

「アンタ、何考えてるわけ? てかさっき言ってた機密ってなによ?」

「……いや……」

 ミコトがそれだけ返して黙り込んでしまったので、花崎は納得がいかないという様子で眉間にしわを寄せた。

「あぁ、それと、来週からテスト期間に入る。赤点を取った者は補習があるので、各自勉強するように。――特に花崎。HRも真面目に受けられない者が試験で良い点数など取れるはずもない。心がけるように」

 東山に嫌味を言われ、花崎はムッとしたが、「はぁい」とやる気のない声で返した。

「以上だ。日直」

「きりーつ、礼」


 号令の後、教室を出ていく東山の背中を見送りながら、花崎はため息をつく。

「マジであの鬼畜メガネ、教育委員会に訴えてやろうかしら……」

 ぶつくさ文句を言う花崎だったが、ミコトは黙りこくったままだった。

 いつもなら「自業自得だ」やら「東山先生の正論はもっともだと思うが」などと口を挟んでくるミコトが何も言わないので、花崎はいぶかしんだ。

「……アンタ、さっきから様子が変だけど、どうしたの?」

「……東山先生は、恐らく嘘をついている」

「は?」

 ミコトの言葉に花崎は目を丸くした。

「……あの厳格な東山先生が、既に体調不良だと説明した矢吹先生の容態について俺がHR中に尋ね、咎めることなく答えたのは不自然だと思わないか?」

「まあ……確かにあのメガネなら『お前が知る必要などない』とか言いそうよね。『HRの進行を邪魔するな。既に体調不良だと説明したはずだが?』とか」

「まるで、矢吹先生が体調不良である事を強調したいように見えた。無意識かもしれないが」

「強調って……」

 ふたりの真剣な声音の会話を聞いた片瀬がミコトの方に振り向いて、苦笑交じりに口を開く。

「天原、花崎も。東山先生だって血の通った人間なんだからさ、生徒が心配そうにしてたら答えてあげることだってあるんじゃない?」

「……その場ではHR優先して、HR終わった後に教えてあげればいいじゃない。あいつならそうしそうでしょ」

 花崎の指摘に、片瀬も「まあ、確かに」と頬をかいた。

「……でも、東山が何を隠してるって言うの?天原は」

「……君たちを巻き込んでいいものか、迷っている」

「巻き込む?」

「……」

 ミコトは一瞬だけ躊躇ってから、花崎と片瀬の顔を見て、口を開いた。

「この学校に、高性能爆薬を持ち込んだ男が、矢吹先生を人質に取り、立てこもっている可能性がある」

 瞬間、花崎の上靴がミコトの頭に炸裂した。

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