2-10

 銃を持ってポーズを取っているフィギュアをミコトが感心ぎみにみつめていると、俯いていた顔をばっと上げて、御宅田は目を輝かせた。

「わ、わかってくださいますか! ゲーム『GUN♥GAL』のヒロイン、エリカちゃんのフィギュアでござる。拙者、この作品が好きで、好きで、大好きで!」

「このエリカという女は趣味がいい。(実銃の)HK416は俺も使った事がある。あれはかなり使いやすい武器だった」

「おぉっ!? もしやミリオタ同志でござるか!? 拙者も昔は(サバゲーの)戦場にいましてな。愛銃は(エアガンの)M24 SWSでござる。今は手放してしまったでござるが、今でも思い出しますぞ」

「君はスナイパーだったのか。素晴らしい事だ。優秀な狙撃手は戦況をひっくり返すほどの力を持っていることもある……」

 それからしばらく、ミコトと御宅田は熱く語り合った。軍に従事してきたミコトと、サバゲ―での出来事を話している御宅田だったが、奇跡的に話がかみ合い、いつのまにやら意気投合していた。

「天原氏は話が分かる方でござるな……そうだ、この間面白いサイトを見つけたんですよ。なんかアラブの石油関連の実業家が裏で武器商人をやってて……ホラ、前テレビに出てた……日本のバラエティにもたまに出てる石油王の……ラジャブ・アズィームっていう人がいるんですが、彼が作ったらしいですよ」

 御宅田は嬉々としてPCを操作し始めたが、ミコトは驚愕していた。

(何故、御宅田はアズィーム氏のあのサイトにアクセスできるんだ?通常の方法ではアクセスなどできる筈はないのだが……)

 ラジャブが兵器や武器を売買しているサイトは、所謂ダークウェブと呼ばれるWebサイトだった。通常の検索エンジンには引っかからず、なおかつ通常のブラウザでは閲覧できず、アクセスするために専用のツールが必要なものである。

「これです。これがそのサイトです。どうです?すごいでしょう?世界中の兵器が買えるんですよ」

 興奮気味に御宅田が見せてくるサイトは、やはりミコトが以前利用した事のあるラジャブのサイトだった。

「……」

「みてるだけでも楽しいですね。戦車とか戦闘機なんてのは勿論のこと、装甲車やヘリ、潜水艦までありますよ。拳銃にアサルトライフル、それに……爆弾も」

「君は利用したことが?」

 そう尋ねると、御宅田はへらりと笑って頭を掻いた。

「あはは、まさか」

「あまり深入りしない方がいい。これらは君には手に余る危険なものだ」

 「そうですね」と言って、御宅田は笑いながらそのサイトを閉じた。

「天原氏には悪いですが……まあそういうわけで、拙者は学校に行く気はないので、矢吹先生にはそうお伝えください」

「君の話を聞いていて、思うことがあった」

 ヘッドフォンを付けかけた御宅田はぴたりと手を止めた。

「オタクであることと、気持ちが悪いということは繋らないと思うのだが」

「……はぁっ!?」

 ミコトの言葉に、御宅田は素頓狂な声を上げる。

「何を言っているでござるか! オタクなんて、キモイとか言われても仕方ないでしょ!」

「そうなのか? 何かに対して熱意を持つというのは、素晴らしい事だと思うが」

「オタク=犯罪者予備軍みたいな扱いを受けることもあるでござるよ。世間一般から見れば、オタクは異常なんですよ……」

「なら、オタクを辞めればいいじゃないか。戦争に疲弊した軍人が、軍隊を抜けることもある。虐められるのはオタクと言う事が原因なんだろう。なら辞めれば済む話だ」

 淡々とミコトが言うと、御宅田はミコトに掴みかかった。

「そんな簡単な話じゃねえでござるよ! 愛してるものを簡単に捨てられるわけないじゃないですか!」

 それに――と御宅田はさらに眉を吊り上げる。

「そういうことだ。君は、悪くない」

 断言したミコトに対して、御宅田は虚を突かれたような表情をした。気にせず、ミコトは続ける。

「……俺も、アジア人だからという理由でものを隠されたり、暴力を振るわれたりしてきた」

「えっ……で?」

「そういうことだ。で、人は人を差別できる。だが、その理不尽に、まともに取り合う必要はない。ただ自分と違うというだけで迫害する連中だ。ただ息をしているだけでも唾をかけてくる人間に、まともに対応するなど、あまりにも誠実が過ぎる」

「そう、ですね……」

 ミコトの言葉を聞いて、御宅田は噛みしめるように何度も頷いて、そうつぶやく。

「そんな連中の為に、にする必要はない」

「……そうですね、そのとおりだとも思います」

 御宅田は少し考え込むように俯いたが、すぐに顔を上げて、ミコトの目を見て言った。

「……学校、行きます。ありがとうございます。……勇気が出ました。天原氏がいなかったら踏み出せなかったかも知れません」

「俺は何もしていない。君が自分の意志で決めただけだ」

「それでも、です。……本当に、感謝しています。……ここで足踏みしてても、しょうがないですよね」

 御宅田は自分に言い聞かせるように続けた。

「そんな連中のために、人生を無駄にする必要……ないですもんね」

 覚悟を決めた顔をした御宅田を一瞬みつめてから、ミコトは立ち上がる。

「では、俺はこれで失礼する。窓ガラスはすぐ業者を呼ぶので、安心していい」

 御宅田の「ありがとうございます」、という言葉を背にミコトは窓から飛び降りた。


 門を乗り越えて、ミコトはぱっと後ろを振り返る。御宅田は眠りについたのだろうか。三階のカーテンから漏れていたわずかな光も消えていた。

「………」

 ミコトは御宅田の家を一瞥してから、ポケットからスマホを取り出した。

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