2-2

「なにをする」

「――ということだ。じゃねーわよ! 明らかにおかしい解釈はいってたでしょーが! 権力に従う犬め! このっ、くぬっ!」

 花崎は校内新聞を放り捨てて、地面を蹴りミコトに砂を掛けた。

「む。子供じみた抵抗は辞めろ。さもなくば」

 かちゃ、と金属音がして花崎は震えあがった。

「ひぃっ! 暴力ハンタイ……」

「うむ。それでいい」

「天原君。その程度にしておきましょう。いくら愚かな小娘とはいえ、そのようなやり方はわたくしの主義に反しましてよ」

「はっ。会長の御心のままに」

 ミコトはびし、と姿勢を直し、尾蝶に手本通りの敬礼をした。

「いやいやいや、おかしいでしょうが! 尾蝶会長だってフツーの学生じゃん! なに敬礼してんのよ!」

 わめく花崎に、やれやれと言ったばかりに尾蝶は肩をすくめた。

「ふぅー。貴女は何も分かっておりませんのね。よろしい。説明いたしましょ。

 わたくしは、この学園の理事長・尾蝶ソウイチロウの孫娘。そして、学校では生徒会長を務めておりますれば、必然的に、生徒たちを導く立場にあるということ。ここまでは分かりましたかしら?」

「は、はい……理解できました。でも生徒会長っつったって、フツーの学生じゃあ……」

「あら、まだ分からないのかしら?――この学園は、わたくしの家、尾蝶家の財力によって運営されておりますのよ。さすれば、この学園の生徒たちは、みな、わたくしの持ち物。ならば、その管理も、所有者たるわたくしが行うべきものではありませんこと?」

独裁者どくさいしゃか!」

「無礼な。尾蝶会長をファシスト呼ばわりするとは何事だ」

 眉間にしわを寄せて、ミコトはふところにしまってある拳銃に手をかけた。しかし、微笑みながら彼の肩を叩く尾蝶に制止される。

「フフ……。天原くん。構いませんことよ。ここでも民主主義がまかり通るとでも思っているのであれば、それも愚かな小娘であれば致しかたありませんわ。でもね、花崎さん。この学校はわたくしの私有地のようなもの。わたくしの意のままになる場所。そこに通わせている以上、大人しく言うことを聞いていただければ幸いですけれど?」

「くっ……なんて理不尽なんだ……。これが金持ちの発想か……!」

「理解していただけて嬉しいですわ。――さて、花崎さん。あなたには、盗撮という犯罪行為を行ったという嫌疑がかけられております。よって、これから風紀委員会による取り調べを受けてもらうことになります」

「え……!?」

「覚悟しておくことですわよ。もし、抵抗するようでしたら……天原くん」

「はっ。いつでも発砲可能であります」

「ちょ、ちょっと待ってよ! あたしはただ写真を撮っただけなのに! ねえ天原! あんたクラスメイトでしょ! 弁護してよ! こんな、美少女のクラスメイトが困ってるのよ! 助けてあげようとか思わないの!?」

 半泣きになりながら訴えるクラスメイトをミコトは特に同情の色も浮かべず、見下ろしていた。

「盗撮は立派な犯罪だ。言い訳の余地はない。したがって、君がクラスメイトとは言え擁護ようごする必要性は全くない」

「うぐぐぐ……っ」

 正論をぶつけられた花崎は涙目になりながら狼狽えた。

「さ、風紀委員の方々、彼女を連行してくださいまし」

「はっ!」

 どこからともなく現れた黒服の男たちが、花崎を取り囲むように近づいてくる。

「なんで風紀委員が、ンな黒服着てんのよ!アンタたち、絶対おかしいわよ!」

「我々がレイカ様直属の部隊だからだ」

「はあ? ますます意味分かんないし! てか生徒を私的利用しすぎでしょ!」

「もういい。行くぞ」

「なんでこーなるのよ――!!」

 黒服の風紀委員たちに連行されていく花崎の叫び声だけが虚空に響き渡った。

「ふう……これで一件落着ですわね」

「はい。尾蝶会長」

「しかし、天原くんは良く働きますわねえ。紹介してくれた片瀬くんに感謝しなければ。今後も期待しておりましてよ?」

「はっ。ありがとうございます」

「ところで、あの小娘が撮ったデータはどうなりました?」

「ご命令通り、カメラは万が一にも流出しないよう、粉々に粉砕しております。花崎のスマートフォンとPCにも俺の知り合いに頼み、ハッキングをかけてもらい、データが残っていないことも確認済みです」

 そう言うと、尾蝶は満足げに唇の端を吊り上げた。

「そうですか。それは重畳ちょうじょう。おほほっ……。それで、約束の報酬でしたわね。なんでも言って御覧なさい」

「はっ。大変恐縮なのですが、旧校舎への出入りの許可を頂きたいのです」

 そうミコトが頼むと、尾蝶は目を細め、扇子を口で隠した。

「困りましたわね。天原くん、それは許可できかねます。あらゆる権力を持つ尾蝶家ですが、旧校舎の出入りはにも許可されていないのです」

 尾蝶の言葉にとミコトはいぶかしげに眉をひそめる。

「……つまり、尾蝶会長だけでなく、白華学園の最高責任者であり、会長殿の祖父である理事長も出入りを許可されていない、ということですか?」

「うふふ……不躾な言い方は好みませんね」

「失礼いたしました」

 頭を下げつつ、ミコトは理解した。つまり、ミコトの問いに対する答えは、是だ。

「何人たりともあの旧校舎には近づいてはならない、と言う決まりになっておりますの。肝試しと言って毎年近づく生徒が絶えませんが……無論最新鋭の監視カメラと優秀な警備員がいますからね、は立ち入れませんわ」

 尾蝶の言葉を聞いて、それに該当しない自分には関係がないことだな、とミコトは思った。

「ひとつ、忠告を」

ぱち、と扇子を閉じて、尾蝶はミコトを見つめ、再度口を開いた。

「天原くん、あなたもすでにこの白華学園のいち生徒であることをゆめゆめお忘れなきよう。何を此処で為そうとしているのか、わたくしには皆目見当もつきませんが……」

 尾蝶は言いながら扇子でミコトの額を軽く小突き、続ける。

「わたくしの手を煩わせるような真似はしないようにしてくださいまし。わたくしはこの学園を心から愛しています。無論、その生徒の一人であるあなたの事もね。ですから、くれぐれもこの学園の秩序を守ることに尽力していただけると幸いですわ」

「……了解イエス・マム。会長殿のお言葉、肝に銘じます。それでは、自分はこれで失礼いたします」

 ミコトの返答に、尾蝶は真意の見えない微笑みを浮かべた。


 ミコトは教室に戻ると、自分の席について、ミコトは高校生らしく振る舞うアイテムとして適当にコンビニで購入した露出度の高い水着の女が載っている雑誌をおもむろに取り出した。

(会長殿の権力と財力であれば、それなりのセキュリティは覚悟しておいた方がいいだろうな。しかし、遺跡に侵入するたびに監視をかいくぐるのは面倒だし、リスクが高い。……やはり会長殿や理事長と交渉し、事を進めてゆくべきか……)

 そう深く考え込んでいたのだが、真剣な面持ちでグラビア雑誌を読んでいるようにしか見えないミコトの様子に、周囲のクラスメイトは困惑しきっていた。

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