2-3

 放課後。運動部の生徒たちが走り込んでいたり練習をしているのを横目で見つつ、ミコトは調査のために旧校舎へと向かっていた。

「おう宿敵ライバル。先日ぶりじゃな」

 ぶしつけに投げかけられた聞き覚えのある声に、ミコトは足を止め振り返った。

「ああ。君は……鶴木だったか」

 編入初日に軽い揉め事になった相手である鶴木ウメタロウに再び対面し、ミコトは警戒心を強める――だが、そんなミコトを尻目に、突然鶴木は頭を下げてきた。

「わしのダチがおめーのダチにだせえ真似をしたみてえやな。すまんかった。きつく言うておいたからのう、もうンな真似はせんはずじゃ」

 ミコトよりもはるかに大柄な体躯を縮こませ、ひとむかし前の不良の象徴であるリーゼントを情けなく垂らすその姿に、ミコトは目を丸くした。

「意外だ。初対面の人間に殴り掛かってくるような横暴な人間の君が、それなりの礼節をわきまえているとは。君もやはり日本人らしい民族性を備えているのだな」

 感心ぎみにに言うミコトに、鶴木はばっと頭を上げた。太い眉は勿論吊り上がっている。

「失礼なやっちゃなおんどれは! 間違ごうたことがありゃあ謝る、それが漢じゃろうが!」

「……謝罪に性別は関係がないと思うが。悪事を働いた場合、性別は関係なく、謝罪すべきだろう」

「そう言う意味じゃねえんじゃけど……まあえいわい。これでおめーには借りが出来た。なんぞか困ったことがあったらいつでもわしに言えや。わしもできる限り協力するけんのう」

「……ふむ」

 ミコトは顎に手を当て、思考をはじめた。

(彼のタフさには目を見張るものがあった。それに、あの巨体に似合わず素早い身のこなしも、なかなかのものだった)

ミコトは考えてから、じっと鶴木の眼を見つめた。

「お、なんぞかあるんかいな? 言ってみぃ」

「君、脚力には自信がある方か?」

ミコトの質問に、鶴木は一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに豪快に笑い出した。

「そいつぁ愚問ちゅうもんじゃ! わしはあの体育の鬼岩からも逃げ切ったことがあるんじゃからな! ドンパチだけやないっちゅー話や」

 それを聞いて、ミコトは感心ぎみに頷いた。ミコトも体育教師の鬼岩の脚力は知っている。

「君は一般の学生以上に能力が高いようだ。そんな君を見込んで、旧校舎の調査を頼みたい」

「旧校舎ぁ? なんでそんなトコに用があるんじゃ?」

「君に知る権利はない」

「そりゃないぜ宿敵ライバル!」

 鶴木は不満げに口を尖らせたが、ミコトは取り合わなかった。

「時刻は一八時四五分。集合地点は旧校舎近くの二宮金太郎像の裏。携行品は君の得物を含めてすべてこちらで用意してある。武器はハンドガン二丁とマガジンが五つ。予備の弾薬も十分に用意した。他に何か必要なものはないか? あればすぐにでも調達するが」

「……いらんわ。わしは素手で十分じゃ」

不敵な笑みを浮かべる鶴木に対し、ミコトは首を傾げた。

「理解に苦しむ。何故わざわざ危険な場所へ赴くというのに、武装しないんだ」

「危険だからこそ、じゃ。男はやっぱり拳やろ」

「適切な武装をすることを推奨する……君は銃を持った相手にも素手で勝利出来るつもりでいるのか?」

 いい加減に言い返すのにも疲れた鶴木は、ぼりぼりと頭を掻いて、口を開く。

「……ちっ。まあえいわい。そん代わり、これで貸し借りなしやで」

「よろしく頼む。人目を避けて行動してくれ。教師に報告などはしないでほしい。場合によっては、君を即座に射殺しなければならなくなる」

「おーこわ。気をつけるけんのう」

「あと、くれぐれも調査中は俺の指示に従うように。君の上官と思え」

「へいへい。ほんじゃ、また後ほどってことで」

ひらりと手を振って、鶴木はその場を後にした。

(鶴木には悪いが、彼をデコイに使わせてもらうとしよう)

 そう胸の内でつぶやいて、ミコトはまた踵を返し、廊下を歩き始めた。


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