02.悲傷憔悴ボンバー・クライシス

2-1

「――昨日のMUSIC COWNTUP、見た?」

「見た見た! 仲嶋ケンジ超かっこよかったなあ」

「サクゾのシングル来月に出るらしいよー」

 女子テニス部員たちの更衣室。

 きゃっきゃと楽しげに騒ぎながら、制服を脱いでいく少女たち。

 下着姿のまま、あのアイドルがどうだった、新曲が良かったと、話題は尽きない。

 そんな部室の窓の外、カメラを持ったあやしげな影がひとつ。

「……うふふふ。コレが金になるのよね~♪」

 レンズを覗きながら、ツインテールの少女がリップを塗った唇の端を持ち上げる。

「報道部の部費のために……許せ、女テニのみんな!」

 少女――花崎マリナは下着姿のテニス部員たちにシャッターを切った。

 その瞬間――ぱあんっ!という破裂音がした。

 銃声だ。爆竹や花火の可能性の方が、この日本くにではありえるが――マリナは、瞬間的に銃声だと分かった。その要因よういんがあったからだ。

 一瞬の出来事だった——花崎の手元の一眼レフが撃ち抜かれ、バラバラになったのだ。

「……な、なに!? なんなの!?」

 花崎は無残な状態になったカメラを見て、唖然としていた。だが―――。

(こんな頭のおかしいことをする奴は、絶対にあいつしかいない!!)

 すぐに犯人の目星がつき、怒りに燃えあがる。

「――――花崎。盗撮は犯罪だ」

 頭上からの声に、花崎は眉を吊り上げ勢いよく振り返った。

「天原ぁ! あんたまたアタマおかしーことばっかして! ホント信じらんない! このキチガイ!  てゆーか何で撃てるわけ!? マジ意味わかんないし!!」

 そう罵声を浴びせられた小柄な少年――天原ミコトは悪びれもない顔をしつつ、どこからともなく着地した。カメラを撃ち抜いたらしいその銃を花崎に見せつけるようにして、

「これはイギリス軍で制式せいしき採用され、日本の特殊急襲部隊でも使用されているボルトアクション式の狙撃銃だ。命中精度がとても高く、寒冷地での使用も想定したライフルで、有効射程距離はおよそ八〇〇メートル。屋上から狙えば、観測手スポッターなどいなくても君のカメラを壊すくらい容易たやすい」

 そう淡々と語った。

「いやだから、そんなこと聞いてんじゃねーのよ! 何で撃ったのよ!」

「君の凶行を止めるためにやむを得ず発砲してしまった」

「き、きょうこう……?」

「ああ。君には罪を犯して欲しくない。おとなしく膝をつき、武器を捨て、両手を上げろ」

 捨てる武器など持ち合わせていないが、花崎は命じられた通り両手を上げた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。なんであたしが犯罪者みたいな扱いになってるわけ? あたしはただ、部活動紹介のために部室を撮ってただけで……」

 確かに後ろめたいことをしていた花崎は、幾分か口調を柔らかいものにして、ミコトの顔色を窺いつつそうぼそぼそと言い始めた。

「女生徒の下着姿を写真に収めることが、果たして『それだけ』と言えるだろうか」

 しどろもどろな花崎にミコトは鋭く図星を突いた。

「ぐっ……」

「君は、自分の行為を正当化するために、『盗撮ではない』『たまたま映ってしまっただけだ』などと供述きょうじゅつするつもりかもしれない。……だが、ナチズムのような危険思想に染まったテロリストならともかく、普通の女子高生である君を即座に射殺するなど、俺にはできない。しかし、これ以上罪を犯すようなら、俺は躊躇ちゅうちょなく引き金を引かなければならない」

「ちょ……ちょっと! に、日本は法治国家よ……! し、仕方ないじゃない! お金が必要なんだもの! 報道部は今、財政難なのよぉ!」

「……」

 ミコトの手の中の狙撃銃がきらりと光ったように、花崎には見えた。

「わ、分かった……降参します……。だから、命だけは助けてください……お願いしますぅぅ」

 マリナは観念し、地面に膝をついた。

「そうか。――標的は降伏しました、尾蝶会長! 任務完了であります!」

「ご苦労様、天原くん。よい働きでしてよ。おほほっ♪」

 扇子を持ち、SPらしきスーツの男たち――否、よく見れば白華学園の制服を着た生徒たちだ――をはべらせながら、みごとな縦巻きロールの女生徒は機嫌よさげに現れた。

ませた。

「ごきげんよう。花崎マリナさん。この尾蝶おちょうレイカが白華学園にいる限り、盗撮などといった愚行ぐこうは許さなくってよ」

 びし、と扇子を花崎の顔の前に突き付けて、尾蝶は不敵に言った。

「なっ、なっ……なんで天原が尾蝶レイカと一緒にいるわけ?」

「尾蝶会長にテニス部周辺をうろつく不審者をなんとかしてほしいと命じられたのでな」

「は、はあ……?アンタはなんで、この人の命令に従ってんのよ! べつにアンタの上官とかじゃないでしょ!」

「む。片瀬が言っていたのだ」


『……なぜあの女生徒は、複数の生徒を引き連れている?』

『ああ。あの人は尾蝶レイカ先輩って言ってね、理事長の孫娘で、生徒会の会長なんだ』

『生徒会とは何だ?』

『ううんと……先生たちと学校の規則を作ったり、行事を企画したり、まぁ色々と学校運営に関わる仕事をする人たちかなぁ。生徒の中でも一定の権力を持ってるっていうか……そういう自治組織? 的な? まあ、生徒たちの代表って言うか……そのトップに立つあの人は、なんだよ』

『ほう。生徒の中で一番(学校を牛耳ぎゅうじるほどの権力を持つような)偉い人間なのか。それはすごいな』

『うん。俺も一応生徒会だから、今度天原の事も尾蝶会長に紹介してあげるね』

『よろしく頼む』


「――ということだ」

 無表情のまま説明を終えたミコトの頭は、すぱあんっと花崎の手にあった(恐らく、常に持ち歩いているのだろう)丸められた学校新聞によってはたかれた。

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