02_落下する街

 アンブラ。


 そこは陰と陽が入り交じる場所。


 影に潜む化け物ダーカーが彷徨さまよう危険な場所。


 そんな場所にも、人類が存在していた。


 影の住人と呼ばれる彼らは、影力と呼ばれる摩訶不思議な力を持ち、ダーカーとの戦闘を繰り返している。


 今、少年と少女が世界の境目を超えて、アンブラの地へと、投げ出された。


 ※※※


 ビュービュー。


 下から絶えず猛烈もうれつな風が、押し寄せる。目を開けるのもやっとだ。風が肌に触れ、這っていく。着ている服が風に煽られ、カタカタと音を鳴らす。黒瀬たちは、身体が重力に引っ張られ凄まじい速度で黒雲の中を落下していた。


「朱音、大丈夫か?」


 ゴロゴロ。


 あたりでは、閃光せんこうが走り抜け、雷鳴がとどろき、周囲の黒雲を不気味に照らす。雷が直に直撃すれば、命は瞬く間に奪われるだろう。


「だい………」


 黒瀬が紅園に問いかけるも、雷鳴が轟き声が聞き取りづらい。黒瀬は、よく耳を澄ませ、なんとか紅園の声を聞く。


 紅園は、聞き取りやすいように黒瀬の耳元で話す。彼女の暖かな吐息といきが、黒瀬の耳に触れる。


「大丈夫……。まさか、アンブラに来て、いきなり黒雲の中とは思わなかったわ」


 雨粒が混じった風が、黒瀬たちに向かって横から吹き荒ぶ。風に乗って、勢いよく雨粒が肌に当たって弾ける。黒瀬たちは冷たく、少し痛みを感じた。


 雷鳴が鳴り響く中、黒瀬は紅園に声が聞こえるように大きな声で言った。


「ああ、アンブラに行ける扉の先が黒雲の中なんて想像もしてなかったよ」


 コアを破壊した後、黒瀬たちは目玉のダーカーが作り出した固有の世界から、抜け出せた。アンブラへと向かう途中、光の道が消失したのは目玉のダーカーによる固有世界に閉じ込められていたからだった。


 固有世界から抜け出せた黒瀬たちは、再び光の道を作り、アンブラに通じる扉を開けた。その扉の先が今の黒瀬たちのいる黒雲の中だった。


 ゴロゴロ。


 また、大きな雷が、鳴り響く。


 耳をつんざくような雷鳴が鳴り響き、暴風が吹き荒ぶ状況ながらも、黒瀬は、心を落ち着かせ、周囲を見渡し注意深く観察する。


 このままだと、雷に打たれるかもしれない。


 雷に打たれない方法を探さないと……。


 ふと、何かが迫る気配を黒瀬は感じ取る。黒雲の中で、自分たち以外の存在を感じ、彼は警戒する。


「朱音、上だ!上から何かが迫ってくる!」

 

「ええ、私も感じた。とてつもなく巨大なが落下してくる」

 

 黒雲を押しつぶすかのごとく、得体の知れない何かは落下してきた。黒瀬たちは、予想もしなかった落下物に、思わず瞳を大きく見開き、拳に力が入った。


「こ、これって……何で、街が落下しているんだ!しかも、この街って…」


 叫ぶ黒瀬の目の前に、落下してきたもの。それは街だ。しかも、黒瀬たちにとって全く見覚えのない街ではない。黒瀬たちがいた世界にあった馴染みのある街だった。


 アメリカの自由の女神。

 パリのエッフェル塔。

 日本の東京タワー。


 落下物には、有名な建築物もあれば、それ以外にも多くの建物や信号や車、電車など様々なものが、上下逆さまの状態で落下していく。まるで、街そのものが、このアンブラの世界に飲み込まれたかのようだ。


 一体、どういうことだ。


 僕たちがアンブラに向かっている最中、僕たちのいた世界で、予期せぬ出来事が起こっているのかもしれない。


 街の落下していく奇妙な光景を、目の前にして、黒瀬たちは、ただ呆然とその光景を見つめるしかなかった。

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