19_ワームワーム

「どこに行ったんだ?朱音」


 黒瀬は、突然の出来事に唖然あぜんとしていた。彼の叫びに、紅園の返事は返ってこない。


 先程まで、近くにいたはずなのに。


 朱音は、どこかに行ってしまった。


 一体どこに……。

  

 黒瀬は、紅園の安否あんぴが気になって仕方がなくなった。彼にとっては、紅園は一花を救うために一緒に旅している唯一の仲間だ。彼女は、黒瀬の大きな心の支えになっていた。


「横にいた彼女を探しているのか。彼女なら心配するな。彼女は、私達とは違う空間にいる」


 ダーカーは落ち着いた声で、黒瀬にそう告げた。


「彼女は無事なのか。私達とは違う空間にいるとはどういうことなんだ?」


 黒瀬は、状況をにわかには理解できず目玉のダーカーに問いかける。


「ああ、複数ある私の目玉は、それぞれ違う空間を使ってしか、瞬間移動ができない。彼女は、私達とは違う空間にのってコアの場所まで移動しているのだよ」


「朱音も、コアに向かっているのか。彼女も、同じように僕が突然いなくなってびっくりしてるかもしれない。コアまでは、10分くらいで、着くということだったかな」


「そうだ。このまま何事もなく、順調に行けばな……」


 すると、真っ白な空間の向こう側。ちょうど、直進する先に、いびつで怪しげな雰囲気がただよう。


 黒瀬は咄嗟とっさに直進する先を見て、影力を使って短剣を作り出し構える。


「来る」


 彼が短剣を構えた直後、直進する先に暗闇が蠢いたと思うと、輪っか状の物体が浮いている。


「あれは……まさか、まさか、まさか!!私は、このダーカーに出会ったことがある。出会ったことがあるぞ!!」


 輪っか状の物体が視界に入った途端、目玉のダーカーは過去のトラウマが脳裏でちらつき、激しく心が揺れる。


「落ち着くんだ!あの輪っか状の物体がダーカーなのか。まるで僕たちの行く手を阻んでいるような、そんな感じがする」


 漆黒に染まった、輪っか状の物体は、黒瀬たちの通る道をすっぽりと覆うように行く手を阻んでいた。


「私は、人間だった。影隠師として、影の世界アンブラに、向かっていた。思い出した。大切な人のことも、大切な人とのかけがえのない日常も、全て思い出した。私は、大切な人を救い出すために、旅に出ていた」


 目玉のダーカーは、輪っか状のダーカーを見て、過去の出来事を不意に思い出した。大切な記憶が、頭の中に流れて何度も巡っていく。


 過去を思い出した目玉のダーカーは人間らしい温かな瞳を輝かせていた。


「君も、僕と同じように大切な人のために、アンブラへと旅立ったのか」


 黒瀬は、目玉のダーカーの話を聞き、自分と重なるものを感じた。


「ああ、私は、恋い焦がれていた彼女のもとに向かっていた。だが、道半ば、あの輪っか状のダーカーに道を塞がれ、捕食された。そして、それから、私は、ダーカーとしてあの暗闇の空間に彷徨さまよい続けることになってしまったのだ」


 今は、輪っか状のダーカーは、静かに黒瀬たちの出方を観察している。何もしてこないが、その静けさが怖かった。


「あれに、捕食されたら、僕も、ダーカーにされて彷徨うかもしれない。でも、引き下がる訳には行かない。あのダーカーを倒す方法はないのか?」


 行く手を阻む輪っか状のダーカーを黒瀬は真剣な眼差しで見つめた。


「あのダーカーの名前は、ワームワーム。奴の輪っかをくぐった先に、奴のコアがあるはずだ。ただし、輪っかを通ろうとした瞬間、輪っかが急速に縮まり行く手を塞ぐ。やつの身体は、触れた相手を逃さない。触れたら最後、そのまま捕食されてしまうだろう」


 黒瀬は、唾を飲み込み目玉のダーカーに言った。


「輪っかの穴を閉じられるより先に、くぐり抜ける必要があるのか。もし、失敗すれば、やつの身体に道を阻まれ、捕食されるんだな」


 目玉のダーカーは、瞳をパチパチする。


「ああ、そうだ。しかも、奴の輪っかは一つではない。通るべき輪っかはいくつか存在する。一つのミスも許されない。一回きりのチャンスだ。奴が、支配するこの空間から移動するには、奴を倒す以外に方法はない」

 

「一回きりのチャンスか。面白いじゃないか。この窮地きゅうちを乗り越えなければ、どちみち、この空間に、閉じ込められて終わりだろう。なら、やってやる。一回きりのチャンスかもしれない。けれど……元より、命を賭けて大切な人を助ける覚悟でここにいる。倒そう!ワームワームを」


 黒瀬は、怪しげに待ち構えるワームワームの姿を見ながら言った。彼の瞳は、迷いはない。ただ、真っ直ぐ倒すべき敵を見つめている。


 そんな黒瀬の様子に目玉のダーカーは、彼なら自分の全てを託してもよいという気持ちになった。


「お前なら、あの化け物を……ワームワームを倒せるかもしれない。私をこんな姿にしたあいつに仇をうってくれないか。私の力をお前に与える。力をうまく使えば、ワームワームのコアまでたどり着き、奴を撃破できるであろう」


 すると、目玉のダーカーは光の粒子状になって、黒瀬の周りを包んでいく。


「何だ、突然!?君は一体、何を……身体が浮遊ふゆうしてる……」


 目玉のダーカーの光の粒子は、黒瀬の身体の中に入っていく。黒瀬の身体の中で、異質な力が湧き上がってくる。


「力が……力が、湧き上がってくる!?身体を自由に浮游させられるのか……」


 真っ白な空間に、一人黒瀬は浮遊していた。突然得た力に少し戸惑いつつも、覚悟を決めて、拳をぎゅっと握りしめる。そして、ワームワームの方を見た。


 やってやる。大丈夫だ。今回も、乗り切れるはずだ。絶対に。

 

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