09_扉の先

 通路がねじれた奇妙な光景を目の当たりにし、春野は戸惑いを見せる。


「このアンブラでは、人間界の常識は通用しない。常識を疑え。目に見えるものだけじゃない。目にも見えないものも含めてな」


 倉内は、前方を見て走りながら、春野に忠告ちゅうこくする。春野は、倉内がなにか大切なことを伝えようとしているのように感じた。


「そろそろ、扉にたどり着く!あと少しよ!」


 今野は、前方に見える扉を指差した。春野たちは、扉にかなり近づいていた。あと数メートル、進めば扉にたどり着けるところまで来ていた。


 春野は、前方に見える扉を見て、ある異変に気づいた。


「あの扉、また私達から遠ざかっていってる」


 扉は、再び見る見るうちに、春野たちから逃げるように遠ざかっていく。


「問題ない。扉よりもはやく、たどり着く!」


 倉内は、扉が遠ざかっていても動揺する様子は見せない。そこに、今野の声がした。


「相変わらず脳筋な考え方ね。でも、今は、それしかないみたい」


「あと少しだ。全速力で行くぞ!」


 倉内はそう叫ぶと、足に力を入れ、さらに走る速度を上げた。ヤミヤミも、負けずと春野たちを飲み込もうと、不気味な音を立てて、さらに勢いよく後ろから迫る。


 さらに、速度があるなんて。扉の距離が、どんどん縮まっていく。もう、すぐそこまで来てる。 


 きぃーうぃーくぅうー。


 春野が少し安心した瞬間、後ろからヤミヤミに閉じ込められた人々の悲鳴が耳にすっと流れ込む。


 あと少しなのに、こんなにも近く、ヤミヤミが迫ってる。


 ヤミヤミは、春野たちのすぐ後ろまで来ていた。あと数秒で、飲み込まれてしまう。


「飲まれる!」


 春野は後ろのヤミヤミを見て、慌てて叫んだ。


「大丈夫だ!俺たちなら行ける」

 

 倉内は、この通路から無事に抜け出すことを諦めてはいない。自分たちならうまくいくと信じていた。


「そうね、早く行きましょう。扉の先に」


 倉内の横で走る今野は、答えた。


「扉を開けてる暇はないな」


 倉内は、前方の扉を見つめながら、呟いた。


「どうするの?」


 今野は、倉内に問いかけた。


「扉をぶち壊して進む」


 倉内がそう言った直後、春野は不思議な感覚に襲われた。


 なに……なんだかよくわからないけど、急に身体が軽くなったような気がする。


 倉内は、春野を背負いながら勢いよく飛び上がると、前方の扉に蹴りを入れる。


 倉内の強烈な跳び蹴りが炸裂し、激しい音を立てて、扉が壊れる。


 すると、春野たちはそのまま勢いに任せて、扉の中に入り込む。ヤミヤミに飲まれるか飲まれないかの瀬戸際だった。 


 扉に入り込んだ瞬間、周りの景色が青く澄んだ青空へと変わった。扉を出た先はなんと、地面がなく、空中に投げ出されていた。


「えっ、これはまずいんじゃ」

 

 春野は、身体が途端に、重力に引っ張られて落下する。風が押し寄せる音が聞こえたかと思うと、下から押し寄せる空気が目に染みた。


 落下する先では、木々がいくつか並び、地面に色とりどりの花が咲き乱れ、風で優雅に揺れていた。


 見覚えのある風景。

 そうだ、神ノ木山の花畑に似ている。

 あそこに誰かいる。もしかして、あれは……。


 春野は、落下する先で佇む誰かを見て希望を抱いた。一瞬、目を疑ったが、その誰かは、春野の知る人物そのものだった。


 春野は佇む人物の名前を呼んだ。


「黒瀬くん……」

 





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