10_ボックス
このままだと地面に落下してしまう。
下からぶわっと空気が押し寄せ、次第に地面が、近づいて行く。春野たちと地面との距離は、離れており、落下すれば命はない。
「どうしよう、このままだと地面に落下して大変なことに……」
春野は、不安を口から漏らした。
「久しぶりに、ボックスを使うか。今回は、この女性もいるしな」
倉内は、手のひらで影を集め、ボックスと呼ばれる立方体の物体を作り出した。
「いい考えね。それを収納以外で、使うなんて、思いつかなかった」
今野は、倉内がボックスを作り出したのを見て、少し驚くと言った。
春野が見たことのない奇妙な物体を見て倉内に問いかける。
「何ですか、それ?」
すると、倉内は一言こう答える。
「まあ、使えば分かるさ」
春野が、倉内の話を聞き気を抜いた瞬間、下から押し寄せる空気の圧で、身体が、吹き飛ばされてしまう。倉内に背負われていたが、次第に離れていく。
吹き飛ばされる。
どんどん離れていく。
なんとか倉内さんのところまで、行かないと。
春野は、倉内の方に、手を伸ばそうとするが、届かない。それどころか、距離は離れていく。
すると、倉内はボックスに影力を込め、呪文を唱えた。
「ボックスイン」
呪文が唱えた直後、ボックスがぱかっと開く。
開いたと同時に、春野たちは瞬く間に中に吸い込まれた。先程まで、空中に投げ出され落下していた春野たちの姿は消え、ちっぽけなボックスだけが、重力に引っ張られ落ちていく。
ポン。
そして、ボックスは地面まで到達すると、一回大きくバウンドし、転がる。
ボックス内にいる春野たちは、真っ白な広い空間の中にいた。何もない真っ白な空間が広がっているが、白い壁が周囲を囲っており、どこまでも広がりがあるわけではないようだった。
ここは、ボックスの中なの……。
突如、ボックスの中に吸い込まれた春野は、目の前に広がる真っ白な空間に驚きながら、眺めていた。
「ボックスアウト」
倉内がボックスからの開放を意味する呪文を唱える。
すると、今度は真っ白な空間から、瞬時に、落下先の花が咲き乱れた空間へと視界が切り替わる。
「うまくいったわね」
今野は、倉内に一言言った。
「ああ、ものを収納したりするぐらいしかこいつは使わないが、うまく行ってよかった」
倉内と今野が、話している中、春野は花畑に佇む黒瀬の姿を見ていた。仄かな風が、微かに草木を揺らす。陽気な小鳥のさえずりが、どこからか聞こえてきた。
黒瀬くん、また、会えた……。もう二度と会えないかと思ってた。
春野は、黒瀬に対する感情が溢れ出し、彼の元に駆け出そうとした時だ。
「待て」
春野は、腕をいきなり握られ立ち止まった。後ろを振り返ると、悲しそうな表情を浮かべた倉内が腕を握っていた。
「行くな。あいつは、お前の会いたい人物じゃない。なぜなら、俺が見えているあいつは、すでに死んでいる人物だからだ」
倉内は、黒瀬の方をじっと眺めていた。
春野は倉内の言葉の意味が理解できず、呟いた。
「どういうこと……」
倉内の深刻な眼差しを見て、冗談ではなく本気で止めようとしてくれているのだと春野は確信した。
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