06_精神世界

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息が次第に乱れてきた。


 視界が、暗闇にむしばまれていく。これ以上、現実を見ることを拒むかのように。


 そして、視界は暗黒に包まれて、意識は漆黒の闇へと沈んでいく。


 漆黒の闇に、沈んだ先ーー。


 黒瀬を襲った不思議な感覚。


 それは、周囲の闇が、身体を貪り包んでいく感覚だった。


 駄目だ……僕にはまだやらなければならないことがあるんだ。


 だから、お願いします。


 もしこの世界に神さまがいるならば、たった一度だけでいいから、チャンスをください……。


 ◆◆◆


「なんだ、ここは……」


 黒瀬は気づくと、見知らぬ薄暗い場所に立っていた。


 僕は、影の化け物に襲われたはずだ。もしかしたら、ここは死後の世界なのか……。


「心配するな。まだ、お前は死んでいない」


 誰だ、誰かいる。


 何者かの視線を感じ、前を見る。視線の先には、誰かが玉座に座り、黒瀬の方を見つめていた。暗闇で、顔がよく見えない。どんな顔をしているのか確認できなかった。


「まだ、死んでいないだって……それじゃあ、ここは一体どこなんだ」


 黒瀬は、唾を飲み込み、玉座に座る人物に問いかけた。


「ここは生と死の間だ。時間が経てばお前の魂は消滅してしまう」


 玉座に座る人物は、落ち着いた口調で、黒瀬にしれっと重大なことを告げた。黒瀬は、自分の身体を見た。じりじりという音を立てて、少しずつだが、身体が蒸発しているのを感じた。


「そんな……このまま、消えてしまうなんて。僕は、朱音を、一花を救い出さなければならないのに」


 蒸発していく自分の体を見ながら、黒瀬がそう言うと、玉座に座る人物は、指をパチっと鳴らす。すると、僕の背後にまばゆい光の球体が突如現れた。


「生きたいのであれば、あの光の球に触れるといい。そうすれば、消滅を防げる」


 玉座に座る男は、神々こうごうしく輝く光の球体の方を指差し言った。


「待て待て、状況が分からない。もっと今置かれている状況について説明してほしい」


 正直、黒瀬は、見ず知らずの男と話している今の状況に困惑していた。


「説明してもいいが、そんな余裕がお前に果たしてあるかな。説明している間に、その身体が消滅してしまうかもしれないぞ」


 黒瀬は慌てて自分の身体を見た。


 やばい。蒸発していってる。


 黒瀬の身体は、着実に蒸発が進んでいた。


「……分かったよ。消滅を防ぐにはあの光の球体のところまで行けばいいんだな」


 黒瀬は、数メートル先にある光の球体を見ながら言った。


 なんだ、近くにあるはずなのに、光の球体が遠く感じた。

 

 黒瀬には、なぜだか、数メートルほどしかないのに、とても光の球が遠くにあるように感じていた。彼の本能が、彼が光の球に近づくことを拒絶している。


「戸惑っているようだな。光の球に近づけば、お前は過去の痛みと対面することになる。身体的にも、精神的にも、想像を絶する痛みが襲うだろう。試しに近づいてみるといい」  


 玉座に座る人物は、光の球に近づくように黒瀬に言った。


「何を言っているんだ……」


 黒瀬は、玉座に座る人物の言う通りに、とりあえず光の球に近づいてみることにした。一歩を踏み出した瞬間、身体が、引き裂かれたかのような強烈な痛みが全身を駆け巡った。


「痛い!?」  


 思わず、黒瀬は強烈な痛みに、後退りする。彼は、玉座に座る人物の言う過去の痛みの対面という言葉の実感が分からなかったが、今、理解した。


 僕はこの痛みを知っている。かつて、崖から足を滑らせて大怪我を負った時の痛みだ。




 



 

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