05_残酷な結末

 ポチャ、ポチャ。


 真っ赤な血液が地面にしたたる音がした。

 次第に周囲を覆う砂埃すなぼこりが晴れていく。黒瀬は、予想もしない衝撃的な光景に目を大きく見開いた。


「嘘だろ……」


 紅園は、地面の影から伸びる複数の手に絡みつかれて、身動きを封じられている。彼女の一撃は、あと少しのところでダーカーに止められてしまった。ダーカーの手に身体を強く締め付けられ、出血している。彼女の手から、鎌がことんと地面に落ちた。


 助けなければ、今、彼女を助けられるのは僕だけだ。


 でも……僕は彼女を助けられるのか。なんの力ももたない。こんな僕が。


 黒瀬の手はひどく震えていた。彼女を救い出したいが、彼の生存本能がそれはやめておけと必死に抵抗している。


 黒瀬がたたずむ間に、ダーカーは、朱音の喉元にナイフのように先端を鋭く変形させた影を近づける。思わず目を背けたくなるような悲惨な光景に、黒瀬は居ても立っても居られなくなった。


 やっぱり、このまま、黙って見ているなんてできない。


 黒瀬は震える手を見ると強く握りしめる。


 勇気を出せ。黒瀬影人。僕なら、やれる。


 黒瀬は、内なる勇気を奮い立たせ、彼の生存本能に抗い、一歩を踏み出す。


 本当は逃げ出したい。だけど、ここで彼女を救い出さなければ、一生後悔する。


 黒瀬はまっすぐ紅園を見て、彼女を救うためにダーカーの方へ駆け出していた。


「彼女が僕を救ってくれたように、僕も彼女を救ってみせる」


 幸いなことに、ダーカーは朱音の方を見ており、黒瀬のことは眼中にはない様子だ。完全に油断している。力をもたない黒瀬の存在は、ダーカーにとっては脅威きょういの対象ではなかった。


 彼女を救い出すなら、今しかない。チャンスは一回。この拳に僕の力のすべてを込める。


 黒瀬は、すかさずダーカーの懐まで移動し拳を握りしめると、ありったけの力を込めた拳をダーカーにぶつける。  


 拳がダーカーにぶつかった瞬間、不思議な感覚に襲われる。


 なんだ、このは……。


 拳に目に見えない不思議な力が宿り、凄まじい威力を生み出す。今まで感じたこともない感覚に、黒瀬は戸惑い驚く。だが、意識を切り替えると、構わず拳をダーカーの強靭きょうじんな身体を穿うがちながら食い込ませていく。


「いけぇえええええええええ!!!!!」


 黒瀬の拳は見事に炸裂し、彼の数倍はあるダーカーの巨大な身体を震わせる。強烈な一撃にダーカーは怯むと、影の手が緩み、締め付けられていた紅園が解放される。


「朱音、大丈夫か?」


 黒瀬は紅園のことが心配で、咄嗟に彼女の元に駆け寄る。彼女は、息が乱れ、身体に傷を負っているものの、かろうじて意識はあるようだった。


「ええ、なんとかね……」


 紅園の声は、今にも消え入りそうなほど弱々しい。出血が酷い。体から大量の血液が漏れ出て、意識が朦朧もうろうとしていた。いつ気を失ってもおかしくない非常に危険な状態だ。


 黒瀬が心配していると、彼女は右手を伸ばし彼の右腕を掴む。


「油断しないで......。私の見立ては甘かった。このダーカーは間違いなくAクラスよ」


「A級、なんだよ、それ.....」


 黒瀬は紅園と話している最中、背中に強烈な痛みが走った。


 なんだ、何が起こったんだ。


 あまりに一瞬の出来事に黒瀬は訳のわからないまま倒れ込む。身体から溢れ出た血液が地面を次第に赤く染めていく。


 血。この血は彼女の血じゃない。僕の血だ。


 黒瀬が背後に目線をやると、異形の姿をしたダーカーが蠢いていた。先程までの様子とは違う。怒り狂い、身体をしきりに流動させている。


 さっきの一撃で、倒せてなかったのか。


 黒瀬はなんとか身体を動かそうとするが、出血が酷く立ち上がる力すら残ってはいない。意識を保っているだけでやっとだ。


 考えろ。考えるんだ。この状況を打開する方法を。なにかあるはずだ。そうだろ。


 血液がとめどなく身体から漏れて、黒瀬は意識が朦朧とし、次第に視界が真っ暗になっていく。朦朧とする意識の中、今の状況を打開する方法がないか考えを巡らせる。だが、脳が考えることを拒絶し考えがまとまらない。気を抜けば、暗闇の中に意識が飲み込まれてしまいそうだった。


 黒瀬は地面の土を思いっきり握り締める。


 僕はこのままだと、死んでしまう。一花を救えないまま、朱音を救えないまま。



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