第4話 散り桜、朽ち桜

 スーーーーッ


 私は大きく息を吸った。すると、大好きな桜の香りが私を満たしていく。私は想い出の桜の木の下にいる。私は景色を見降ろす。香りは変わらないのに、勇作と遊んだり、喧嘩したこの桜の木から見える景色は随分と変わってしまった。あの料亭もそうだ。私は先ほどまでいた料亭を見つめる。


「ごめんなさい、お父様、お母様」


 私は目を閉じて、二人の顔を思い浮かべながら謝罪する。

 私にはどうしても、あの幸せの空間で、幸せを感じられず、「お花を摘みに行く」(厠に行くの隠語)と言って本当に逃げ出してしまったのだ。私は桜の木に手を添える。


 でも、ここにいても逃げ切れるわけではない。

 無力な私が逃げ切れるのであるとすれば、それは別の世界。

 風が吹いて、桜の花びらが散っていく。私もこの花びらたちのように散るしか・・・


 散った花びらが、地面へと落ちていく。

 落ちた桜の花びらの下には今よりも前に散ったのであろう干乾びて茶ばんだ桜の花びらがあった。命を散らしたとしても、私も朽ちて醜い姿になっていくのだろう。死は穢れ。決して美しいものではない。


「あっ」


 そこには、折れた桜の枝があった。もしかしたら、私が遠目で見ていた時に折れたかもしれないその枝は、まだ美しい桜の花を十分に身に着けていた。


「やっぱり、勇作は拾っただけなのかも・・・・・・」


 私はその枝を拾った。桜の香りが両親に設けてもらった幸せを拒んだ親不孝者を優しく癒してくれる。


「ふっ、私って本当に馬鹿」


 私は自虐して笑った。


「そうだよ、馬鹿だよ。お前は」


 男の声が背中からしてドキっとした。

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