第8話 つまらぬ伝説の盾を割ってしまった

 ヴィント盗賊団残党の本拠地は、とある洞窟だった。

 その入口に一応、二人のチンピラが見張りに立っている。が、油断しきった顔で談笑していた。

 かつて王城を占拠した盗賊たちには到底見えない。実力者は三十年前に倒れ、ここにいるのは絞りカスのような残党なのだろう。

 よって、これは『本拠地』なんて大げさなものではなく、アジトと呼ぶのが相応しい。


 フローラは、その二人の頭部に矢を当てた。

 すると踏み潰したトマトのようになった。


「あたしの矢、威力高すぎぃ!?」


「インフィ。あまり見ないほうがいいよ」


「大丈夫です。そんなヤワじゃありませんよ」


 インフィ、ジェマ、フローラの三人は茂みから立ち上がり、洞窟に侵入する。

 向こうも襲撃を警戒していたらしく、罠を仕掛けていた。

 地面スレスレにロープを張り、それに誰かが足を引っかけると音が鳴る仕掛けだ。

 インフィは盗賊を探すのが面倒だったので、ジェマとフローラの同意を得てから、あえてそれを蹴飛ばした。

 冒険者ギルドの情報によると、この洞窟の出入口はさっきの一つだけらしい。

 なので、殺到してくる盗賊共をここで仕留め続ければ、逃げられる心配はない。もし、ほかに出入口があったら、それは冒険者ギルドの失態なので、インフィたちの落ち度にはならない。


 そして、しばらく待っていると、奥からドタドタと盗賊たちが現われた。


「なんだぁ、てめぇら! 女三人で乗り込んでくるたぁ舐め――ぐへっ!」


 インフィの拳が炸裂する。

 盗賊たちは現われた順に殴られ、気絶していく。


「や、やべぇ……あの子供、素手なのにやたら強ぇぞ!」


「きっと代々受け継いできた古武術とか使ってやがるんだ!」


 違う。ただ力任せに殴っているだけだ。

 インフィの本来の戦い方は、魔法道具を駆使するスタイルだ。現に魔王を倒したときは大量の魔石を使った。

 こうして素手で戦う経験は、イライザ・ギルモアの記憶を辿っても皆無である。

 初めての経験ゆえ、最初は楽しかったが……もう飽きてきた。


「下がれ。貴様らが勝てる相手ではない!」


 偉そうな男が現われた。体をすっぽり隠せるほど大きな盾を持っている。

 盗賊たちはその男に「団長!」と呼びかける。

 つまり、彼を冒険者ギルドに連れて行けば、依頼達成だ。生きたままでもいいし、首を斬って頭だけ持ち帰ってもいい。


 標的がノコノコ出てきたのは喜ばしい。しかしインフィは、団長の顔ではなく、持っている盾に意識を奪われていた。


[マスター。あの盾、見習い時代の旧マスター・イライザが作ったものじゃな]


[ですね……店にあった槍といい、なぜ出来の悪い作品とばかり再会するんでしょう?]


[出来がいい作品は、もっと大物の手に渡っているんじゃろ]


[あー……]


 確かに、イライザ・ギルモアのまともな作品は、千年前でも高額で取引されていた。この時代なら、天文学的な価格になりそうだ。壊滅しかけた盗賊団のリーダーには、出来損ないが相応しい。


「くくく……少女よ。その拳にかなりの自信があるようだが、この盾には通用せんぞ。なぜならこれは、伝説の魔法盾。絶対防御の盾である! 我はこの盾の力でこの国に戦いを挑む。そして父上がなし得なかった大願を果たす! 王位を正しき者の手に取り戻す!」


「なるほど。三十年前、エミリーさんにやっつけられた団長の息子でしたか」


 普通の生き方をすればいいのに。盗賊団だの王位簒奪だのという、継がなくてもいい意思を継ぐなんて。実に愚かなことだ。

 その妄執から解放してやろう。ついでに恥ずかしい出来の盾を破壊しよう。

 インフィは零敷地倉庫ディメンショントランクから魔石を取り出そうとした。

 が、ジェマが剣を構え、一歩前に出た。


「今日、私はまだなにも仕事をしてない。だから、こいつの相手をさせてくれないか?」


「いいでしょう。ボクが作った魔法剣で、古代の出来損ないを壊しちゃってください」


「心得た!」


「ふはははは! その剣がどれほどのものか知らぬが、絶対防御は決して破れんぞ!」


 団長は盛大にイキり散らす。

 ところがジェマの一撃で、彼の自慢の盾はパキンと飴細工のように真っ二つに割れてしまった。


「なっ、なにぃぃぃ!? 絶対防御の盾が、なぜこうも容易くっ!?」


「たまたま今まで全て防げていただけで、絶対防御ではなかった。それだけの話だろう」


 混乱する団長に、ジェマは冷静な指摘をぶつける。

 しかし団長は納得がいかないらしく、壊れた盾で殴りかかった。

 インフィから見ても稚拙な踏み込みだ。歴戦の剣士であるジェマは呆れた表情で避け、肘打ちで気絶させてしまう。

 残っていた盗賊も全て気絶させ、ロープで縛る。

 制圧完了だ。


「ねえ、インフィちゃん。さっき『ボクが作った魔法剣』って言わなかったぁ?」


 フローラに指摘され、インフィはドキリとした。確かに勢い余ってそう呟いていた。だが、まだ誤魔化せる。この時代は魔法武器製造の技術が失伝しているのだ。それを、十歳かそこらの少女が作ったなんて、フローラも本気で思っていないだろう。


「ボクが売った魔法剣、の言い間違えです」


「ふぅん。そんな言い間違え、するかしらぁ?」


「……ボク、古代文明の技術を再現し、自分で魔法武器を作るのが夢なので」


「あら、そうなのぉ。大きな夢があって凄いわねぇ」


 そう言ってフローラはインフィの髪を撫でてくれた。

 これで誤魔化せた、はず。

 まあ、バレたところで大した問題ではないのだが。もうしばらく秘密にして、この時代の様子を見極めるほうが無難だ。

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