第9話 助けた王女と赤ちゃんプレイ

 縛った盗賊たちを目覚めさせ、あちこちから奪ったお宝のところまで案内させる。

 宝物庫は洞窟の一番奥にあった。

 全盛期は王城を奪うまでに至ったヴィント盗賊団である。その宝物庫には金銀財宝の山があるのだろうとインフィは思っていた。

 が、期待は外れた。

 酒と食料。いくらかの武器。わずかばかりの現金。

 彼らの財産は、それだけだった。


 盗賊たち、いわく。

 金目の物が手に入ったら、すぐに売り飛ばしてしまう。そうしないと食うにも困る。

 明らかに盗品と分かる品は、裏社会でしか処分できないので、売買に高い手数料がかかる。なので、余裕のない生活をしていた。


 もっとも彼らがいくら貧乏でも、十割自業自得なので、同情に値しない。

 生死問わずデッド・オア・アライブという依頼だったので、盗賊たちは死刑になるのだろう。

 こんな連中を牢獄で生かしておく食費がもったいないので、死刑は正しい。

 しかし『父親の妄執を引き継いでしまった息子と、それに最後まで付き従った部下たち』という視点で見ると、ほんの少しだけ哀れみを覚えた。


 ところが。

 宝物庫の木箱の裏から、かすれた小声が聞こえた。その声の主の姿を見た瞬間、わずかな哀れみさえ間違いだったとインフィは思い知った。


 おそらく、、、、裸の少女である。断言できないのは、もともとの人相も体格も分からないほど傷つけられていたからだ。

 逃げられないよう、両手両足が折られていた。あちこちの皮が剥がされていた。火が押しつけられた跡がある。


 インフィが知っている誰かではない。無関係の人間だ。

 なのに、彼女の惨状を見て、言いようのない怒りがこみ上げてきた。

 拳を握りしめ、木箱にぶつけて粉砕する。


「……この人を、こんな風にしたのは誰ですか?」


 すると盗賊たちは団長を見つめた。


「ふん。人を痛めつけるのは罪だとでもいうのか? だが貴様らとて我らを痛めつけた。同罪であろう。第一、我にはその女を蹂躙し、陵辱する権利がある。いや、義務でさえある。なぜならその女は、不当に国王を名乗っている、あの男のむすめ。姫騎士キャロルなのだからな!」


 団長がそう叫ぶと、ジェマとフローラが驚きを浮かべる。


「なっ……行方不明になっていた、キャロル殿下、だと……?」


「お姫様がこんな姿に……酷すぎるわぁ……!」


 そうだ。酷すぎる。

 団長にとって、今の国王こそが盗人であり、その一族に復讐するのは正しい行いなのだろう。それを考慮しても許しがたい。


「おねがい……コロして……コロして……」


 キャロルはか細い声で懇願してきた。

 インフィは頷き、零敷地倉庫ディメンショントランクから剣を出した。魔王から奪った、あの大剣である。

 それを見たキャロルは、安堵の笑みを浮かべた。


 そうだろう。殺して欲しいだろう。自分をこんな目に合わせた奴がまだ呼吸しているなんて、一秒だって耐えたくない。


 インフィは魔王剣を肩に担いで団長の前に立つ。


「ま、待て! キャロルが殺してと言ったのは、我にではなく、自分自身に対してだろう!? それに、我こそが正当な王なのだぞ! それを殺すなど許されるはずが――」


 団長の言葉はそこで終わり、二度と口を開くことはなかった。

 頭と胴体が別々になったからだ。

 剣を振り抜いたインフィは、残る盗賊たちをジロリと見る。


「ひぃっ! やめろ、俺たちは違う! 姫騎士にそこまで酷いことをしたのは団長だけだ! 俺たちが参加していたのは姫騎士がまだ綺麗だった頃だけで……そんなゾンビみてぇな顔じゃ、なにも楽しめねぇよ! だから俺たちは殺されるほどのことはしちゃ――」


 盗賊は全員黙る。

 団長とお揃いの姿になったからだ。


「……案外と激情家なのじゃな、マスター」


「別に。どうせあとで死刑になる人たちです。首だけで持ち帰ったほうが楽ですし、冒険者ギルドや裁判所の手間を省けていいでしょう。そんなことより……」


 インフィは零敷地倉庫ディメンショントランク内部でポーションを作る。

 使うのは、森で採取した薬その数々と、最高級の素材『エリキシルの実』だ。


[待つのじゃマスター。エリキシルの実を本当に使ってしまうのか? 千年前でも貴重品じゃった。もう二度と手に入らないかもしれんのじゃぞ? 無関係の者のために使うのは推奨できぬ]


[この人をこのままにしておくのは、ボクの精神衛生上、とてもよろしくないので。これはボク自身のためです]


[やれやれ、下手くそな詭弁じゃ。このお人好しめ。じゃが、そういうの嫌いではないぞ]


 インフィはキャロルを抱き上げ、そして零敷地倉庫ディメンショントランクから、ポーションが入った哺乳瓶、、、を出した。

 それを使い、エリキシルの実が溶けたポーションを飲ませる。

 キャロルの体は、見る見る治癒されていく。

 インフィは彼女から哺乳瓶を放す。腕の中には、十五歳くらいの美しい少女がいた。


「痛いところはありませんか、キャロル姫?」


「は、はい……え、わたくしの体、治ってる……!? もう二度ともとに戻らないと諦めていましたのに……」


 確かに、現代のポーションでは、毎日飲み続けても完治は無理だろう。

 あれらはしょせん、自然治癒力を高める効果しかない。

 一方、キャロルに飲ませたポーションは、欠損した部位さえ再生させる。

 筆舌に尽くしがたいほど破壊された体さえ、この通りだ。


「はい。とても綺麗ですよ、キャロル姫」


「はぅ……あの、あなたは一体……?」


 キャロルは頬を赤らめて呟く。


「ボクの名はインフィ。ポーション作りが得意な、通りすがりの魔法師です。あ、ちなみに少女です」


 誤解を生まぬよう、あらかじめ釘を刺しておく。インフィは過去の失敗から学べる系の少女なのだ。


「インフィさん……今のは、あなたがお作りになったポーションの力ですの?」


「はい。製法は教えられる類いではないので、秘密です」


 別に意地悪で秘密にするのではない。エリキシルの実を使ったと白状して「それはなんだ」とか「どこで手に入れた」と追及されたら答えに窮する。言わないほうがお互いのためなのだ。


「素晴らしい技術ですわ……! ところで哺乳瓶なのは深い理由がありますの?」


「いえ。これしか丁度いい瓶を持っていないというだけです」


「そうですの……あの、もう一度、哺乳瓶をわたくしの口にあてがってくれませんか?」


「もう空っぽですけど」


「それでも!」


 キャロルが必死に言うので、インフィは言うとおりにした。するとキャロルは赤ん坊のように哺乳瓶をチュウチュウ吸う。


「ああ~~、癒やされますわぁ~~。わたくし、捕まってから酷いことを沢山されて……心が壊れかけていたのに、こうしてインフィさんに赤ちゃん扱いされたら元気が出てきましたわ! ばぶばぶ……ママって呼んでもよろしいでしょうか?」


「え。嫌です。普通にインフィって呼んでください」


「残念ですわ……ですが、もう少しだけ赤ちゃんでいますわ! おぎゃおぎゃ! ばぶばぶ!」


 これは本当に元気になったのだろうか。ますます心が壊れているのではないだろうか。インフィはとても心配だった。


「ちなみにインフィちゃんは、魔法武器を造るのも得意なのよねぇ」


「はい。武器だけでなく防具やアミュレットも得意だと自負しています……いえ、違います。そんな古代人みたいなこと、できるわけないでしょう。フローラさん、変な冗談を言わないでください。ついノリツッコミしてしまいました」


 なんとか誤魔化したインフィは、零敷地倉庫ディメンショントランクから大きな布を出し、キャロルの体を包む。

 そして両腕で抱き上げ、できるだけ安心させてやろうと、優しく笑いかけた。


「では帰りましょう、キャロル姫。王都までボクがお守りします」


「はわわ……よろしくお願いいたします……赤ちゃんプレイの次は、ちゃんとしたお姫様扱い……インフィさん、頼もしいですわぁ!」


 キャロルは目を潤ませ、体を硬くする。

 盗賊が全滅したとはいえ、まだ怖いのあろう。

 しっかり守ってあげないと。インフィはそう決意を新たにする。


[やれやれ……マスターは天然の人たらしじゃなぁ]


[なんのことですか?]


[分からんから天然と言っておるんじゃ]


 アメリアがなにを言いたいのか本当によく分からず、首を傾げるインフィであった。

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