第十二話 目の当たりにする衝撃の事実。

 ルードはこの春十四歳になった。

 シーウェールズ王家との面識も偶然できてしまったことで、諸外国の情勢を教えてもらえるようになっていた。

 レアリエールの弟でこの国の王太子でもあるアルスレットが、週に一度ほどルードの家まで来て教えてくれているのだ。

 居間のテーブルに並び、シーウェールズの情勢。

 近隣諸国の情勢などを熱心に教えてくれる。


「実は私、弟が欲しかったんです。あのわがままな姉に毎日のように……」

「心中お察しします……」


 こき使われるのだろうな、とルードは思った。


「話が逸れました。それで、エランズリルド王家の例の噂話なのですが」

「はい」

「『双子の兄が玉座についたとき、国が傾く災厄が起きたことが重なった』と聞いています。王座に就けなかった弟が噂を作ったのか、王座に就いた兄が悪政を行ったのかははわかりません。ですが、王家の外にまで噂が流れるほどのことだったと聞いています」

「そうだったんですか」

「はい。今の国王には子がいないそうで、実質の継承権一位が弟になっているようです。国王も身体が弱いらしくて、近いうち新しい国王が就任するのではないかと言われていますね」

「もしかして、その新しい国王になるという弟って、『豚』みたいに醜く太った『無理やり美しいと呼ばせている』人じゃないですよね?」

「……よくご存じですね。エラルド殿下という方です。私も一度お会いしたことがありましたが、確かに言いえて妙ですね……」

「そうなんですか……」

「ただ不穏な話も入ってきています。なんでも、継承権二位だったその方の息子。エラルド殿下の第三夫人、エリスレーゼの子で確か名前が、エルシードという少年ですが。数年前亡くなっていたようですね」


 ルードに衝撃が走った。

 生みの母の名前がエリスレーゼということを知ったのと同時に、ルードの双子の弟が亡くなっていることを聞いてしまったのだ。


「噂ですが、階段を踏み外したのが原因だということです。治療の甲斐なく、ほぼ即死だったと聞いています。私も一度だけ、エラルド殿下の傍らに大人しく座っていられたの見ただけでしたが。……そういえば、可愛らしい少年だったと記憶しています。あのような親からあれほどまでに違う子が生まれるのかなと、不思議に思った記憶があります。なんとも残念なことだと思いました」

「(あの豚……)」


 ▼


 アルスレットの家庭教師の時間も終わり、昼食をとったあと、ルードはリーダに深刻な表情で話し始めた。


「母さん」

『どうしたの、ルード』

「僕の弟が殺されていたかもしれない」

『……それはどういうことなのですか?』


 ルードはアルスレットから聞いた話をリーダに話す。

 ルードを布にくるんで投げ捨てた、あの男の粗暴な性格。

 階段から落ちたという不自然な話。

 どう考えても何かあったのではないかと。


『憶測でものを言ってはいけません。確かに可能性はないとは言えません。ですが、事故だったかもしれないのよ?』

「どっちにしても、ママとクレアーナが心配なんだ」

『行くのでしょう? わたしが止めても』

「うん。ごめんね」

『約束してほしいの。無事に帰ってくるって。危険なことがあったら躊躇しないって。もしあなたに何かあったら、わたしきっと、お婆さまと同じことを……』


 話に聞いていた通り、ルードになにかあったら、エランズリルドを消してしまうのかもしれない。

 リーダにそんなことをさせてはいけない。

 もちろん、ルードは勢いに任せて事を運ぶつもりはないのだ。


「大丈夫。母さんにそんなことさせないから」

『ルード、わたしが前に家を処分したときのこと、憶えてるかしら?』

「うん」

『ルードにどのような力があるかはわからないわ。でも、想像するのよ。自分の力をどう使うか。そうすれば、フェムルードの残してくれた力があなたを助けてくれるわ』

「うん。気を付けるよ。僕が人なんかに負けると思う?」

『大丈夫、よね。きっと』

「大丈夫、様子を見てくるだけだからね」

『わかったわ。気を付けていってらっしゃい』


 リーダはルードを抱きしめて額にキスをしてくれた。


 ▼


「じゃ、クロケットお姉さん。母さんをお願いね」

「ルード坊ちゃま、私も一緒に……」

「駄目。危険かもしれないから。クロケットお姉さんを危ない目に合わせるわけにいかないもの」

「わかりましたにゃ。待ってますにゃ……」


 ルードは自分用にあつらえた、小さな鞄に着替えと宝石を数個入れて首から下げた。


『ルード、気を付けて行ってくるのですよ?』

「ルード坊ちゃま、気を付けてくださいにゃ」

「うん。母さん、クロケットお姉さん、いってきます」


 ルードは家の裏手から浜の方に出ていく。

 そこから森へ入り、一気に加速していった。

 二人を探す方法などなかった。

 でも怖かったのだ。

 今行かないと二度と会えないような気がしたのだった。


 ▼


 何度となく往復していたこともあって、猫人の集落までは迷うことなく来れるようになっていた。

 フェンリルの姿をするようになって、嗅覚も格段に上がっている。

 人間の匂いと猫人の匂いは違う。

 人間の匂いがする地域まで来ると、ある程度の土地勘があったためなんとかエランズリルドまで来ることができた。

 森の中で姿を人に変え、鞄を背負って町へ出る。

 宝石をひとつ換金して準備はできた。

 安い宿をとって、一息ついたところで活動を開始しようとしたときだった。


 ルードは人間の姿になっても嗅覚がある程度上がっていることに気づく。

 すると、今まで目に見えなかったことにまで気づくようになっていたのだ。

 この城下町には人間以外の匂いも混ざっている。

 町の中心、おそらく王城の方角からだろう。

 よく知っている猫人の匂いではないものが、わずかだが人と違う匂いも感じ取れる。

 ルードはクロケットが捕まっていたときのことを思い出した。

 きっとこの国のどこかにそういう人たちが捕えられているのだろう。

 いつか解放しなければならない。

 ルードの目的がまた増えた瞬間だった。


 匂いを頼りに状況を調べていると、城下町には人間しかいないことがわかった。

 城下町と王城の間には堀があって、その先は数本の橋でしか行き来ができないようになっていた。

 何故人間でない匂いを探しているかというと、もしかしたら情報がもらえるかもしれない。

 あわよくば、逃がすこともできるかもと、思っていたからだった。

 ここから先にある貴族の住む地域にはルードでは進むことができないだろう。

 人間の匂いに混ざって漂ってくる他種族は、間違いなくその方向から感じ取ることができた。

 ここは夜になってから忍び込むしかないだろうと一度宿に帰ることにした。


 ▼


 夜になると、シーウェールズと違って人通りも少なくなっている。

 ルードはリーダから気配を消す術を教えてもらっていたため、闇に乗じて忍び込むくらいは難しくない。

 貴族街へ向かう馬車を見つけると、ルードは屋根に乗って息を潜めた。

 定期的に出入りしているのだろうか。

 貴族に関係する馬車なのだろう、衛兵と御者がニ、三話をしただけで抜けたようだ。

 ある程度進んだあたりで、ルードは暗い路地に飛び降りた。

 足音を立てることなく着地する。

 この程度のことができないと、狩りをするとき獲物を逃がしてしまう。

 あの森の中の獣はそれなりに頭もよく警戒心が強いため、気配を消す術をリーダが教えたというわけなのだ。

 夜だということもあり、人の往来が多いわけではない。

 見る城下町よりも綺麗な石畳の道が伸びている。

 全体に気品を感じる店構えのように見えるが、どことなく嫌な感じもする。

 それは人に混ざって漂う他種族、特に犬人の匂いだ。

 とにかく今は情報がほしい。

 こんな時間にルードのような少年が、夜の街をうろついているのは目立ってしまう。

 継続して気配を消しながら移動することにした。

 高そうな雑貨屋、家具店、装飾店などはもう閉まっている。

 開いている店は食事をするところや、酒を飲むようなところだろうか。

 城下町のような声は聞こえない。

 あれからボニーエラに犬人のことを聞いたことがあったが、猫人よりも身体能力は高いらしい。

 それなのにこの貴族街より内側には、捕らえられているような匂いが漂ってくる。

 それほど匂いが強くないということは、人数的には多くはないのだろうか。

 少なくともその程度のことしかわからない。

 夜ではこれが限界なのだろうか。

 人が多くなる時間帯、朝を迎えるまでどこかで息を潜めていようかと思ったときだった。


「犬人が逃げたぞ!」

「どこへ行った探せっ」


 そんな声がしてきたのだ。

 声の感じからそれほど遠くはないだろう。

 匂いの感じから間違いなく犬人が移動しているようだ。

 それもかなり速い。

 ルードは匂いを頼りに獲物を追いかけることがよくあった。

 人間の匂いに混ざって、犬人の匂いも強く感じる。

 近い。

 気配を消したまま匂いの後を追った。

 動きが止まった。

 近くまで寄ると、気配も感じる。

 獣語を意識して小さな声でその人に話しかけた。


『僕の言葉がわかりますか? 僕はとある人たちを探してこの区画に潜り込んでいます。僕なら、あなたを外に逃がしてあげられると思います。そのあとで構いません。少しでも話を聞かせてもらえれば助かります』


 建物の影にいたその人は、使用人の服を着ている女性のようだった。

 その女性の後ろ姿が見える。

 頭に見覚えのある犬の耳があった。

 ルードの言葉がわかったのか、その女性が口を開いた。


『はい。わかります。まさかこの言葉を使える人がいるとは思いませんでした。外へ出られるのならお願いしたいです。私もある人を探さなくてはならないのです……』

『うん。ならちょっと待っててね』


 ルードは服を脱いで鞄に詰める。

 暗いから恥ずかしいという感じが薄れているのと同時に、この女性を助けないといけないという使命感からそんなことを考えている暇がなかったというのもあった。

 一瞬だけ光を発したかと思うと、フェンリルの姿になっていた。


『乗ってください。悪いのですが、服を持っててもらえますか?』

『……ふぇ、フェンリル様だったのですねっ。その、す、すみませんでした』


 その女性はお決まりの五体投地をしようとした。


『そんなの後でいいです。さぁ、早く』

『は、はい。すみません。ありがとうございます』


 女性はルードの服を持ったまま、彼におずおずと跨った。


『掴まっててください。飛びますよ』

『は、はいっ』


 ルードは軽く跳躍すると、屋根の上に登った。

 そのまま屋根伝いに走っていく。

 ある程度スピードが乗ってくると、衛兵のいた橋ではなく、そのまま堀を飛び越えてしまった。

 音もなく走り続けているルードの姿をもし見られたとしても、人間の目では追うことはできないだろう。

 クロケットですら追うことができなかったほどの速さだったからだ。

 ルードは城下町を通り過ぎ、あっという間に森へと入っていった。

 そのまま森を走り抜けて、猫人の集落へ向かった。

 ここはかがり火が焚かれているため、森の中よりも明るい。

 中に入ると、ルードのこの姿を皆が知っているためヘンルーダを呼んできてくれた。

 ヘンルーダの家へ入れてもらうと、ヘンルーダにその女性を任せてルードは隣の部屋で人の姿になり、服を着て戻ってきた。


「ルード君、どうしたのです? 犬人の女性を連れてくるなんて」

「すみません。その人を連れてエランズリルドの貴族街から逃げてきたんです」


 お茶を飲ませてもらい、やっとその女性も落ち着いたのだろう。

 ルードに笑顔を向けてくれたのだった。


「あれ? その優しい目、どこかで見覚えが……。もしかして、クレアーナ? いやそれにしたって、もう十四年だよ、ありえないってこんなに若いなんて……」

「……なぜ私の名前を?」

「やっぱりそうだったんだ。やっと会えたよ」


 ルードはクレアーナに抱き着いた。


「憶えてない? 『ぶひぃ』と鳴いて謝るのですっ! って」

「あ……、もしかして、坊ちゃま、ですか?」

「うん。やっと会えた。これでママの居場所も──」

「申し訳ございません。奥様、いえ、エリスレーゼ様は、半年ほど前に、お亡くなりになりました……」


 しかし、クレアーナは声を絞り出すように、期待を裏切る言葉しか返せない。

 ルードを強く抱きしめ、震えていたのだ。


「……そんな。嘘でしょう?」

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