第十一話 海と温泉の国のわがまま姫様。
馬車に揺られて城下町の海沿いの道を抜けていく。
その先にある大きな城。
あれが王城なのだろう。
海がキラキラ光っていてすごくいい景色。
王家の馬車に乗って王城へ招待されている。
これが今、鍋を持っていなければ間抜けではないのだが。
どうしても場違いな感じがして、リーダとルード、クロケットも頬が緩んでしまう。
そんな中、同行しているジェールドはひたすらに申し訳なさそうな表情をしていた。
城に近づくとわかったのだが、城の敷地は離島のようになっている。
城下町と橋で繋がっていて、いざというときには橋を落とせば籠城できるような作りにも見えるのだ。
海面からは切り立った形になっており、簡単には登れそうもない。
実によく考えられた場所に建てられている。
橋を渡り、城内に入った。
少々速度を落としただけで通用門を素通りできてしまう。
本来であればここで要件や行き先を聞かれるのだろうが、ジェルードが客車の窓から顔を見せただけでそれは終わってしまった。
馬車が停まった。
そこは正門ではなく、通用口のようだった。
余計な人の出入りもなく、ひっそりとそこにあるだけの場所に見える。
ジェルードが先に降りて門を開けた。
「このような場所からの出入りになってしまい、申し訳ございません。何分、お忍び扱いですので」
それはルードたちにも都合がよかった。
パーティに呼ばれたわけではなく、更に鍋を持っての訪問なのだ。
大勢に迎えられたりしたら恰好悪いったらないだろう。
馬車からはリーダが先に降りた。
ルードが踏むであろう足元を確認しているようだ。
『ルード。降りても大丈夫よ』
「母さんありがとう。クロケットお姉さん、悪いけど、鍋持っててくれる?」
「はいですにゃ」
鍋を預けてルードは馬車を降りると、再度、クロケットから鍋を受け取った。
「ありがと」
「いいえ、どういたしましてだにゃ」
本来であればクロケットが先に降りるべきだろうけど、ここは鍋の方が大事だったのだろう。
夏場ということもあって、ルードは魔法で緩やかに冷やし続けていたのだ。
降りるときに躓いたとしたら、それはまずいことになる。
そう思ってリーダも先に降りたのだろう。
そこは家族の阿吽の呼吸とでも言うのだろうか。
単純に美味しいものを無駄にしたくないという、食いしん坊な気持ちもあったかもしれない。
ルードは肝心なことに今気が付く。
「あ、こっちで作ればよかったかも……。失敗した」
「あ、そうかもしれにゃいですにゃ……」
『それもそうね……』
似たもの親子というか、姉弟とでもいうのか。
なんともほっこりとしたワンシーンだっただろう。
ジェルードが先導して通路を進んでいった。
時おり侍女と思われる女性とすれ違うが、女性たちは足を止めて一礼してくれている。
ただかけられる声が『いらっしゃいませ』ではなく、『申し訳ございません』だったのだ。
すれ違ったすべての女性の表情は、それこそ申し訳なさそうな感じだった。
通路を抜けると、少し広めのホールに出る。
このまま謁見の間へと行くのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
ホールをそのまま通過して、突き当り右に折れて廊下を進んでいく。
「こちらでございます」
ジェルードが大きなドアを開けた。
そこは食事をする部屋なのだろう。
長いテーブルが中央に配置された、清潔感のある広い部屋だった。
部屋へ案内されると、テーブルの傍には四人の人間の男女が深々と頭を下げていた。
「よくおいでいただきました。わたくしはこの国の国王、フェリッツと申します。こちらは妻のクレアーラ。息子のアルスレット。娘のレアリエールでございます」
家族を紹介している中年の精悍な男性が国王なのだろう。
横には同じくらいの年齢、落ち着いた感じのする女性。
がっしりとした立派な体格の青年。
そして、青年よりも少し年上に見える女性。
この女性が王女なのだろうか。
王女と思える女性だけが頭を下げていないのですぐわかってしまった。
「これ、レアリエール。ウォルガード王国第三王女様の前です。きちんと挨拶しなさい」
「それが噂に聞く『ぷりん』が入っているのね。ジェルード、器と匙を早く用意しなさい」
挨拶よりも先にプリンだった。
「姉さま、それではこの方々に失礼ではないですか?」
「そうですよ、レアリ。ほら、きちんと挨拶なさい」
そんな家族の声を無視してさっさと椅子に座ってしまい、キラキラとした目でルードが持っている鍋を見つめていた。
ルードたちは話に聞いていた通りのリアクションに苦笑してしまっていた。
「申し訳ございません。成人しているのに、こんな我儘な娘で……」
「いえ、綺麗なお姉さんですね。ちょっと待っててください。ほら、ジェルードさんが戻ってきましたから」
ジェルードが四人分の器と匙を持って、更に申し訳なさそうな真っ青な表情をしながら戻ってくる。
ルードは器に取り分けると、ジェルードに持っていくように促した。
レアリエールの前に器が置かれた。
「いただきます」
空気を全く読んでいないレアリエールは匙を持つと、ひと掬いのプリンを口に運んだ。
するとどうだろう。
両目に涙が溢れ、ぽろぽろと頬を伝って流れ落ちていく。
「……蕩けるわ。あまあまれ、ふわふわれ、あっという間に口の中に沁みてくるろ……」
匙を咥えながら話すものだから、あちこち聞きづらい言葉になっていた。
ひと匙掬っては、目を瞑って身体全体で感動しているような仕草をする。
その度に溢れまくる涙を流しながら。
ただ一心不乱にプリンを堪能しているようだった。
「あの、冷たいうちが美味しいので食べてもらえますか?」
「え、えぇ。申し訳ないです。こんな馬鹿な娘で……」
「ほんと、情けないわ……」
「姉さま、台無しですよ……」
「せっかくだからいただくことにしようか」
「えぇ」
「はい」
国王、王妃、王子と思われる青年も食べ始めようとしたときだった。
「おかわりっ」
レアリエールは笑顔でルードに向けて、左手で器を差し出したのだった。
▼
「気に入ったわ。あなた、私の専属料理人にしてあげるわっ」
「いえ、それ、無理ですから」
ルードは苦笑しながらも、あっさりと申し出を断っていた。
「なぜ? 褒美ならなんでもあげるわよ? 何が不満なの? 使用人なのでしょう?」
やはり彼女はわかっていないようだ。
国王と王妃、王子は完全に項垂れてしまっている。
「ちょっと失礼しますね。クロケットお姉さん、鍋お願い」
「はいですにゃ」
ルードはクロケットに鍋を渡す。
「ジェルードさん、奥の間、ちょっと借りますね」
「はい。なんていうか、申し訳ございません」
「いえ。いいんです」
ルードはジェルードが器を取りに行った部屋へ入っていく。
ドアを閉めて姿を変えた。
一瞬ドアから光が漏れたかと思うと、静かにドアが開いた。
そこには、純白のフェンリルがいたのだ。
「えっ? どこにそんな……」
「あの、僕です。プリンを作ったフェムルードと言います」
「えっ? えぇえええええっ!」
驚くのも無理はない。
巷で噂になっていた『純白の毛を持つフェンリル』が目の前に現れたのだから。
▼
「うちの馬鹿娘が申し訳ございません」
国王はリーダに向かって膝をつき、拳を握ったまま肘をつくように床に頭をしっかりとつけた、土下座と少し似ている五体投地で謝罪をしている。
王妃と王子はその場で腰を最大限に折って、頭を下げていた。
『いいえ、いいのですよ。わたしは現在王女としてこちらへ来たわけではないのですから。息子も気にしていないようですからね。国王なのですから、そのような情けない姿はいけませんよ?』
「そうですね。誤解があったんでしょうから。僕は別に気にしてません」
クロケットはルードが脱いだ服を両手に持って苦笑している。
王女はというと、座ったまま放心状態のようだ。
「嘘よ。あの子があの純白のフェンリルだったなんて……」
噂は聞いていたらしい。
ただルードを使用人と勘違いしてしまったことがショックだったのだろう。
確かに今日のルードは普段着のままここへ来てしまった。
ルードも悪いと言えば悪いのだろう。
『ルード、ごめんなさいね。わたしがあなたの服をしっかりしたものを着せていればよかったのです……』
「ううん。母さんのせいじゃないよ。急に呼ばれるなんてわからないんだから。もちろん、僕もクロケットお姉さんも悪くない。プリンはちゃんと作ってきたんだからね」
『息子もこう言っているのですから、頭を上げていただけますか?』
「はい。本当に申し訳ございませんでした」
ここでリーダがルードも知らなかったことの説明を始めた。
『わたしたちフェンリルは、故郷でしか人のような姿を維持できないのです。ですが、この子はそれができてしまう、特別な子なのですよ』
「えっ?」
『ごめんなさいね。ルードには教えていなかったわね。聞かれなかったから、教えるのを忘れていたのよ……』
リーダの話はこうだった。
人が住むこちらの地域と違い、ウォルガード王国は大気中の魔力が多い。
そのせいでこちらでは人の姿を維持できない、そういうことだったのだ。
ルードが人からフェンリルの姿に変わるとき、魔力の消費があったことはそういう理由だったということ。
本来であれば、人の姿を維持するのに莫大な魔力が必要だったらしい。
「そうでしたか。するとご子息は王太子ということになるのでしょうか?」
『いいえ、故郷の外で産んでしまいましたので、継承権があるかどうかわからないのです。わたしの父も母もこの子のことは知らないと思いますので』
確かにルードは養子なのだ。
ただフェンリルでもある。
ルードはそんなことよりも、もっと興味のあることがあったのだ。
「母さんの人の姿、見てみたいな」
『普通よ。見たらがっかりするかもしれないわよ』
リーダの目は笑っていた。
どっちにしても、国王にとって、ルードはウォルガード王国の王太子かもしれないという対応を取るしかなかったことも事実。
我に返ったレアリエールを見ると、真っ青な表情をしていた。
それもそのはず。
シーウェールズよりも強大な国の王太子|(かもしれないルード)に失礼な対応をしてしまったのだ。
そんなレアリエールを見て、ルードは。
「レアリエール姫様。プリン、おかわりどうですか? まだ沢山ありますからね」
「……欲しいですわ」
「ジェルードさん、あと三つ器と匙お願いできますか?」
「はい、今持ってまいります」
「母さんとクロケットお姉さんも食べるよね?」
『えぇ。甘いものはいくらでも入りますからね』
「はいですにゃ」
「国王様、王妃様、王子様もいかがですか?」
ルードは実にマイペースだった。
▼
その日以来、侍女の姿をしたレアリエールがお忍びでミケーリエルの宿へプリンを食べにくるということが始まったようだ。
ただ、毎日朝一番で並んで食べにくるものだから、有名になってしまっていた。
当のレアリエールは。
「美味しいわ。なんでこうして食べに来なかったのでしょう。こうすれば毎日食べることができていたのに……」
完全な常連さんになっていたのである。
ルードの姿を見つけると、手を振って笑顔で挨拶してくる。
「ルード様、おはようございます。今日も美味しいプリン。いただきに来ましたよ」
「……大丈夫なんですか?」
「えぇ。誰もこの姿なら私だとわからないでしょうからね。完璧な変装でしょう?」
「あははは……」
ルードは心の中で思った。
「(そんな綺麗な指輪や耳飾りをした侍女はいませんって……)」
レアリエールはきっちり毎日三人分食べて笑顔で城へ戻っていく。
ここまで歩いてくるわけではなく、ジェルードが馬車に乗せてくるものだから、周りにはバレバレだったのだ。
『城の王女様が侍女の姿をして、お忍びでプリンを食べにくる』と町の人は皆温かく見守っているらしい。
『王女様も大好きなミケーリエル亭のフェンリルプリン』と更に噂になっていく。
ルードは、ジェルードが心労で倒れてしまわないか心配になってきていた。
ジェルードが言うには。
「城から一歩も出ようとしなかった姫様が、外に出てくれているので嬉しいです」
そこまで心配されていたレアリエール姫だった。
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