アリバイ②

「私がここに着いたのはおそらく一番早いんじゃないかしら。管理人さん。」

「ええ。おっしゃる通りです。今日から泊まる方の中では一番早くて、15時過ぎごろでしたね。」

「ええ。ただ私は15時過ぎに一度荷物を置いた後すぐ外出してるわ。一応昔お世話になった方とかこの島には住んでるからね。軽く挨拶しに行ってお話してたわ。」

「この島に知り合いがいるんですか。」

そう遮ったのは東條だ。

「ええそうよ。私の地元はこの島に行くための船乗り場がある町だから。この島にも子供の頃から遊びに来ていたの。その時はこの島にももっと宿があったんだけどね。」

「…今はすっかり寂れて私のこの旅館しか無くなってしまいましたね…。」

管理人が何か気まずそうにしながらそう続ける。寂しがってるようにも見える。

「まあそれでゆっくりした後、この旅館に戻ってきて、一度は部屋に戻ったんだけど、暇すぎて旅館を見てみることにしたわ。ここに泊まるのは初めてだったから。それで日本庭園に行ったら、えーと、清野さんよね?にお会いした具合です。ただ私普段から時計なんて見ないからそれが何時だったか覚えてないのよ。たださっき清野さんがお風呂に行ったのが18時ごろでその前に私と会ったって言ってたから、まあ大体それくらいの時間でしょうね。それで、ここからなんだけど、私は19時過ぎごろお風呂場に行ったのよ。清野さんとはおそらくタッチの差だったんでしょうね。会うことはなかったわ。」

「そしたら一番あんたが怪しいな。」

「わー言うと思った。偶然あなたと高橋さんが離れた時間に遺体発見現場に最も近いとこにいたってだけでそう言うとか、愚かにも程があるわね。」

塩見はズバリ言い当てられたのか、何も言い返さず佐藤を睨みつけていた。

「塩見さん、早まりすぎです。」

赤城くんにそう宥められるとバツが悪そうに顔を背けた。


「まあ良いわ。ちなみに三森さん、多分19時半をすぎたあたりでお風呂場でご一緒しましたよね。」

「はい、おっしゃる通りです。」

三森が今にも消えてしまいそうな声で応える。


「ほらね、いきなり威勢良く反応しないでちょうだい。私以外にもそりゃあお風呂場使ってるんだから。」

佐藤の発言に塩見はそっぽを向いたまま反応を見せない。

「私がお風呂から出たのは20時ごろだったかしら。ただそんなにお腹空いてなくてそのあと食堂にすぐ行ったんだけど、パンだけもらってすぐ帰ってきたわ。私の記憶だと何人か食堂にいたと思うけど。20時過ぎごろ食堂にいたのどなたかしら。」

そう呼びかけると橘・風間の2人が手を挙げた。

「私はもちろん調理場にいました。」

そう管理人が告げる。

「その頃なら俺もいたな。まあ俺はアリバイなんて言う必要ないと思うが。」

そう言ったのは塩見だ。

「はいはい、告白ご苦労様。」

「あの、20時20分ごろでしたら食堂に私もいました。佐藤さんとは会いませんでしたが。私も食欲がなくて、ヨーグルトだけ取って食べたらすぐ帰ったんです。」

そうおどおど話したのは三森だ。

「あら、そうだったんですか。」

「確かに私帰る時に姿を見てます。」

そう橘が付け加えた。

「これで全員がいつ食堂にいたかがわかりましたね。」

赤城くんがそう切り出した。

「19時からいたのが東條さんと飯田さん。20時前後にいたのが塩見さん、佐藤さん、橘さんと風間さん。20時半前に三森さん。20時半ごろに赤城。21時前に清野さん。管理人さんはその間ずっと厨房に。」

赤城くんはどうやらメモを取っているようだ。よく見ると東條もメモしていた。


「えぇ、そのようですね。私はそのあと部屋に戻ったら彼氏とテレビ電話したかったんですけど、ご存知の通り電波が繋がらなかったんでね。今頃彼氏に浮気でも疑われてるのかしら。しょうがないから適当に暇つぶしして、23時頃には寝たわ。そのあと叫び声で起きて、後はご存知の通りですよ。」


「なるほど、ありがとうございます。」


「では、次は自分が話します。」

東條が話し始めた。

「自分は元々役所の仕事のためにこの島にきました。おそらく自分は佐藤さんの地元の役所の者です。その仕事は明日からで、今日は15時ごろまで役所で働いたあと、この旅館にきました。18時半に着いて、すぐお風呂に入って、19時には先ほども話に上がった通り食堂にいました。19時半には戻って、おそらく20時には寝てましたね。自分まだ新人な者で残業とか多くて最近すごい寝不足だったんです。だから皆さんが扉を叩いて起こしてくださるまで、大変なことになっているとは全く気づけませんでした。」


彼に嘘をついている様子はなかった。


「なるほど。ありがとうございます。塩見さん、突然ですが今日、というかもう昨日ですね。昨日はいつお風呂場に行かれましたか。」

「おれ、1日入らないとか普通にあるんすよ。だから昨日は入ってないです。」

それを聞いて露骨に汚いとでも言いたい顔で佐藤が引いていた。


「わかりました。では今日19時前に東條さんがお風呂場を出てから、誰も男湯に来ていないということになりますね。管理人さん、あなたはどこかでお風呂場に行きましたか。」

「本日は皆さんがいらっしゃる前にしか入っておりませんね。本館ではお風呂掃除は朝の4時から6時の間と決めているんです。なので基本その時間以外私がお風呂場に入ることはございません。」

「まあそれもそうでしょうね。のこのこと殺害推定時刻に自分は男湯にいましたなんて、言えないでしょうから。」

佐藤がそうけしかける。

「いえ、自分は嘘なんてついていません!」

「私もです!証拠はありませんが。」

東條と飯田がそう食いついた。

「まあ全員全ての時間にアリバイがあるわけではありません。それを言い出したらキリがないでしょう。」

赤城くんがそう宥める。

「では男湯は飯田さんが18時台前半、東條さんが後半で、それ以外は誰も入っていないということですね。」

私がそうまとめた。


赤城くんと東條はまたメモを取っている。


「じゃあ次私話しますね。て言っても私は今日から泊まってるわけじゃ無いんですよ。」

そう切り出したのは橘だった。


「ああそれに、風間さんと三森さんもそうですよね。」

「その通りです。」

「はい。」

「そうだったんですね。」

素直に私は反応する。連泊してる人がいてももちろん何も不思議では無い。


「私が連泊してる理由は…まああんま良い話じゃ無いんですけど、おばあちゃんがこの島に住んでたんですよ。だけどつい最近死んじゃって。自分大学生で暇なんで忙しい親の代わりに遺品整理に。特にやることもないし1人でのんびりやってます。最初はその家に泊まってたんですけど、おばあちゃん子だったから泊まってると落ち着かなくて。悲しくもなってきちゃうから、急遽この旅館を借りました。とは言っても1日前からです。今日がこの旅館は2泊目で、遺品整理もほとんど終わったんで明日帰る予定でした。こんなことになっちゃいましたけど。」


雰囲気が少し暗くなる。全員どう反応したら良いかわからないといった感じだ。


「あぁごめんなさいね、アリバイですよね。夕方からの話だったら帰ってきたのは17時ごろです。今日で終わらせる気でいたんで、だいぶ疲れちゃって少し寝ちゃいました。起きたら19時半とかで、19時45分頃には食堂に行って食べてました。先ほども話した通り三森さんが来た時にちょうど帰ったので、離れた時刻は20時20分ですね。で、その後なんですけど、私21時を過ぎた頃、お風呂入ってるんです。ですけどもちろん男湯なんて行ってませんし、特に怪しい様子もなかったですよ。」


少しバツが悪そうにそう話した。疑われることを気にしているのだろう。

「22時には部屋に帰って、寝たのは23時とかだと思います。」


そう言うと静かに黙った。


「ありがとうございます。何もこれだけで疑ったりしないから安心してください。」

赤城くんがそう声をかけた。


「じゃあ次は私ですね。」

そう風間が声をあげた。

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