アリバイ③

「私は橘さんがおっしゃった通り、泊まり始めたのは昨日からではなく、一昨日からです。私は美大に通っていると言いましたが、主に画家として活動しています。今回は風景画を書こうと思っていまして、どの景色を題材にしようか悩んでおりました。そこで、ネットで写真を見て、この島を候補に挙げ、まずは下見に来た次第です。そこでとてもこの島が良く、島のどこの景色を描くかも決まったので、今日必要な材料を一式揃えるために早朝に研究室に戻り、夕方に帰ってきました。」


「あの、そのことなんですが、」

私には一つ心当たりがあった。

「私が風間さんと階段ですれ違ったとき、とんでもない量の荷物を持ってましたよね?絵を描くための道具とのことですが、それにしても大荷物過ぎた気がして。」

「なるほど、たしかに気になりますよね。実はあれは片方のキャリーケースは空っぽなんです。もう片方のキャリーケースに必要な絵の道具は全て入っています。空っぽのキャリーケースは、絵が完成した時に梱包材と一緒に絵だけを入れて、絵に傷がつかないように運ぶためのものなんです。背負っていたリュックには着替えなど旅行グッズを。実は下見に来る段階ではその場所を題材に選ばなかった場合はすぐ帰るので、ほとんど荷物を持ってこないんですよ。…これで納得していただけましたか。」


「なるほど。説明ありがとうございます。」

正直に言えば納得はしてなかった。そんなにおかしいことを言ってはないと思うが、あまり腑に落ちない。何かもっと効率良く行動できないものかと思ってしまう。

ただ美大生の素晴らしい感性は私には理解できないのだろう。あまり話を長くするものでもないと思い、とりあえず話を切り上げた。


「昨日のアリバイの話ならば、清野さんのお話通り私が旅館に再び戻ってきたのは17時半過ぎです。船の時間を考えてもおそらくその時間で間違いはないでしょう。私は太陽がしっかり出ている時の絵を描きたいのですが既に帰ってきた時点で夕方だったため、昨日はどこにも出かけませんでした。実は着いた時に休みたくて寝ちゃったんです。起きた時20時前だったのでとりあえずすぐにご飯を食べに行きました。これは既にみなさんにお話しした通りです。その後、そこまで長居もしなかったので、ご飯を食べ終わった後すぐにお風呂に行きました。おそらくですが、20時15分から21時の間にお風呂を済ませたんだと思います。誰にも会いませんでした。その後は自室でゆっくりしただけです。いつ寝たかは正直なのはところ覚えていません。ずっとベッドでゴロゴロしてただけなので。ただ叫び声には気づいて駆けつけています。私の話は以上です。」


なにかと怪しいと感じさせるような風間の話が終わった。今回犯行推定時刻と思われる19時以降、私以外の女性客がこぞって風呂を使用している。誰が犯人でもおかしくない。とりあえず荷物自体が腑に落ちないから他のものも怪しく思えてしまうのだろう。


問題なのは残る2人だ。

というのも、残る2人は全く喋らない大人しすぎる三森と、友人を殺されて正気を失っている塩見だからだ。

しかし案外この懸念はすぐに打ち砕かれる。


「まあ言うしかねぇか。しょうがねえから教えますよ。さっきも言った通り19時までは高橋と一緒にいた。清野さん?って言ったか、彼女だって俺らの言い争いを18時過ぎにみてんだから19時までいたっていうのくらい信じられますよね?その後20時前後は食堂で食べてましたよ。皆さんの証言の通りな。そのあとはただ自室で寝てた。そのあとは既に説明した通り、22時ごろ起きて高橋がいないことを確認、また寝ちまって3時近くに起きた後はもうすでに皆さんご存知の通りだ。それ以上話すことはねぇ。ほらよ。あとはあんただけだよ。死ぬほどおとなしい三森さんよ。」


しかし彼を疑う目は多いようだ。少し空気が重い。


「私は、その、皆さんの話で出てきた中で全てというか。19時半にはお風呂に入り、20時20分ごろ食堂に少しだけ行きました。あとは自室にいただけです。」


「でも三森さんは橘さんによると前からこの旅館に泊まっていらしてんですよね。よろしえればその理由を話せていただけるとありがたいんですが。」

私は思わずそう口を挟んだ。


「ええ。前から泊まっていたのは事実です。ちなみに3日前から。昨日の夜で3泊目です。ただ、理由を言う必要がありますか。私は犯人ではありません。私の昨日のアリバイは既にお話ししたはずです。その前のことはただ単にプライバシーに関わるため、お話ししたくありません。ご理解いただけると助かります。」


その場に沈黙が流れた。ほぼ喋らない大人しい彼女の願いだからこそ、変にそこを喋らすのが難しい。


「まあ。話したくないならとりあえず良しとしましょうよ。でも今日いつ旅館に着いたかだけは教えてもらえるかしら。三森さん。」


「それは…今日はずっと旅館で寝ていたんです。どこにもまず出かけていません。」


「…なるほど。わかりましたわ。

さああとは管理人さん。あなただけだと思いますよ。」

風間がそう繋いだ。


「私ですか。とは言っても特にお話しすることはございません。17時ごろより空いている時間は厨房で夕食の準備、また、お客様が現れる度そのご案内、21時以降はとりあえず清野様と赤城様がまだ食堂にいらっしゃったので時々食堂に顔を出しながらも自由に時間を過ごしておりました。自由時間はほとんど自室にいて過ごしていただけにございます。」


「まあたしかに。それを疑う人はいないでしょう。では私から一つだけ。塩見様とはどのように夜中に出会われたのですか。」

赤城くんがそう質問する。


「それは夜の見回りの時でございます。私は毎日夜中12時と2時半ごろの2回念のためお客さまにご不便がないか見て回っているのでございます。というのも、今までこれだけ田舎なだけあって、都会に慣れたお客様から色々なご要望を夜中にされることが多くございました。この旅館は私一人で経営しているため対応できる者が私しかおりません。そのためそれ以降、夜中の見回りを毎日の習慣にしておりました。そのため2時半の見回りの際、塩見様と出会った次第でございます。」


「あぁ、その通りだ。俺が廊下でどうするべきか悩んでいたら管理人さんと出会ったよ。」



これで全員のアリバイが判明した。


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