《最終話》日歴123年 自由

「ギオザ、何とかしてくれ!!」


 メルバコフの処刑台から姿を消した直後、ツァイリーとギオザは、宙を舞っていた。


 比喩でも何でもない。文字通り、のである。


 予期していたツァイリーは空に放り出されてもギオザを抱きしめて離さなかったので、2人はかろうじてバラバラにならずに済んでいた。


 視界に広がるのは真っ白な銀世界。明らかに、先ほどまでいた場所じゃない。降り積もった雪はきらきらと美しく、ツァイリーは一瞬見惚れた。


 しかし、下は地面である。2人はちょうど、真っ逆さまに岩場に落ちようとしていた。

 このまま落下すれば確実に死ぬ。

 ギオザは落下地点を見据えた。手錠のせいで神力シエロはわずかしか使えない。

 どんどん落下していき、地面に近づいていく。ツァイリーは衝撃を覚悟して、目を閉じたが……。


 体が何かに沈む感覚がしたかと思うと、2人は再び宙を飛んでいた。どうやら固いはずの地面が弾性を帯びて、2人を跳ね返したようだった。


「えっ、ちょっ! ギオザ!?」

「あれが限界だ!」

 ギオザが神力シエロを絞り出して、危機を救ってくれたようだった。

 しかし、先ほどより勢いが弱まったとはいえ、依然として地面に叩きつけられる危機に瀕している。ツァイリーは多少の痛みは覚悟して、自分の背を地面の方へ回した。


 ぼふっとと2人が地面に落ちる。


「つめてえ!!」

 ギオザの下敷きになったツァイリーだったが、ちょうど落ちた先が雪山だったらしく、幸いにも怪我をすることはなかった。


「そろそろ離せ」

 そのギオザの声に、自分が彼を抱きしめたままだということに気づくと、ツァイリーは腕の力を緩める。

「悪い」

 やっと自由の身になったギオザは上体を起こし、足を雪に埋めながらもなんとか立ち上がると、周囲を見渡した。


「ここはどこだ」

「知らない」

 ツァイリーは即答した。なんならこっちが教えてもらいたいくらいだった。

「知らない?」

 ギオザは眉をひそめる。

 知らない、とはどういうわけだ。

「俺についてた首輪を、エシチョウに括りつけてたんだ。割れてたけど、効力残っててよかったよかった」

「……」

 呑気に笑うツァイリーに、ギオザは言葉を失った。今こうして生きて立ってることはまさに奇跡だと思えた。


 あの首輪と、今ツァイリーがつけている指輪は、もとは同一の特殊な素材で作られていて、神力シエロを伝達することができる。ラミヤ大森林で、ギオザが大爆発を起こせたのは、指輪と繋がっている首輪ツァイリーが教会内に存在していたことで、距離的な負荷が発生せず、かつ足りない分はツァイリーの神力シエロから補えたから、である。

 今日ツァイリーがやったことは、黒の神力シエロで人間2人を遠方に飛ばすという離れ技だ。首輪がなければ到底できることではない。

 それにしても、そんなことをやろうとすること自体がおかしいし、前例もない。エシチョウがどこへ行くかも、本当に運でしかない。

 もしエシチョウが海にでも首輪を落としていたら、今頃揃って海の藻屑である。

 しかし、当の本人はそんなこと思いついてもいなさそうだ。


「……お前、馬鹿だな」

 そう言ったギオザの口角は上がっていて、不意をつかれたツァイリーは呆けた顔をした。

「ふっ、あははっ……」

 その顔を見て、ギオザが声を出して笑う。

「本当に、おかしい奴……!」

 泣き笑いのような声に、ツァイリーは目を瞬かせた。こんなに自然体のギオザは初めて見た。

 どう考えても馬鹿にされて笑われているが、ツァイリーは自然と口角が上がった。ギオザが楽しそうだ。


 しばらくそのままギオザを眺めてから、ツァイリーも立ち上がった。ほとんど身長が同じ2人の視線が合う。


 何度もこうして向かい合ってきた。毎日一緒に夕食も食べた。

 しかし、同じ場所に立てたのは、初めてのような気がする。


 ここはアサム王国でも、メルバコフでもない。ギオザはもう王じゃないし、自分は首輪をつけていない。


 アザミ・ルイ・アサムではなく、ツァイリー・ヴァートンとして、ギオザの前にいる。


 ツァイリーはそれが嬉しかった。

 1人の人間として、真正面からギオザを見れることが、喜ばしかった。


「広い世界で、自分の力を使って、好きに生きたい。そう言ってたよな」


 ギオザの力が露見し、自分達が本当は兄弟じゃないと知ったあの日。

 初めて、ギオザの本音を聞いた。ギオザは忘れろと言ったけれど、ツァイリーは何度もその言葉を思い出していた。


「……言った、かもな」

 意外にも肯定した、ギオザの声は柔らかい。


「もうお前は王様じゃないし、お前を狙う奴もここにはいない」


 冷たい風が吹いて、ツァイリーの髪が揺れた。

 顎にも届かない、短い髪。

 彼ももう、アザミ・ルイ・アサムではなかった。


「一緒に、生きよう。自由に」


 ツァイリーのその言葉は、ギオザの胸の奥を震わせた。 


『お前の望みを俺が叶えてやる』


 ラミヤ大森林で、消え失せたはずの希望ひかり。諦めたはずの、未来。


 この男は、どうしてこんなにも燦然と輝く。


「俺が、お前を守ってやる」


 ニッと笑ったツァイリーに、ギオザは見入った。

 懸念がないわけじゃない。どんなに遠くへ来たって、自分の過去は変わらない。自分という人間も、そう簡単には変わらない。


 それでも。

 アザミといればどうにでもなる。

 そんな気がした。


 生まれて初めて『肩を預けたい』そう思った。


「足手まといになりそうだな」

 頭に浮かんだ考えをそのまま伝えるには羞恥が勝って、ギオザはふいと顔を逸らしてそう呟いた。

「はあ!?」

 ツァイリーは心外だと怒り出す。自分の言葉をそのまま真っ直ぐに受け取るツァイリーが面白くて、ギオザは再び笑った。


 2人が落ちた場所は大陸の北部。植物が育ちにくく、冬は寒さが厳しい。人が住むには過酷な地。

 しかし、彼らは1人じゃない。互いの苦手を補合えば、生活するのは苦じゃなかった。

 何よりも、ギオザが生き生きとしていた。これまでひた隠しにしていた力を惜しげもなく使える。自分の力で生きていける。できることを増やしていける。その喜びは、苦労をも勝る。


 これまで王族として城で悠々と暮らしてきたギオザだったが、さまざまなことに果敢に挑戦していった。元来要領が良いので、だいたい何でもそつなくこなすが、たまに神力シエロを使いすぎて倒れては、ツァイリーに介抱してもらうような、そんな日々。



 ギオザ失踪からしばらくの間、アサム王国、メルバコフ王国、エルザイアンの3カ国は、彼の捜索を継続したが、手がかりを掴むことさえできなかった。


 そしてついに3年後。体裁を保つため、エルザイアンは『ギオザ・ルイ・アサム及び義弟アザミ・ルイ・アサムは神力シエロ暴走により死亡した』という見方を発表したのである。


 これを機に、ギオザの指名手配も取り下げられ、メルバコフ王国も捜索を諦めた。


 リズガード・セラ・アサムが治めるアサム王国のみ、この見方に反対し、今なお捜

索を続けている。


 しかし、2人はそんなことを知る由もない。


 今も北の大地にて、穏やかな生活を送っているとか、いないとか。

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【完結】虹彩の悪魔と黒の護衛~〈先王の子の邂逅〉編~ 湯湯菜吏 @s-yutou

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