第58話 日歴123年 約束 上

 日歴123年1月19日。


 メルバコフ王都、王城付近の処刑場には、たくさんの人が集まっていた。


 これから、アサム王国の前国王、ギオザ・ルイ・アサムの処刑が行われるのである。


 ツァイリーは、ダウト司祭と共に処刑場の裏手に侵入していた。2人以外のエルザイアン一行は観客席に身を連ねている。

 責任者であるハレル司教や、目立つレイディアが席を外しているとすぐに気づかれてしまうため、白の神力シエロを扱えるダウト司祭と、まだ身が割れていないツァイリーの2人に白羽の矢が立ったのだった。


「チッ、何故私が……」

 ツァイリーはぎょっとした。ハレル司教に頼まれた時は快諾していたはずだ。

「お前、あの優男の幼なじみなんだって?」

「ディアのことなら、そうだけど」

「あいつ昔からあんな感じなのか?」

 あんな感じ、とは。ツァイリーはレイディアの姿を思い出した。

 レイディアもいろいろと環境が変わったようだが、自分が誘拐される前後で彼の人となりが大きく変わった、というようなことはないと感じる。

「そうだと思うけど」

「弱みの一つくらい知ってるだろ」

 弱み……しばらく考えるも、思いつかない。


 レイディアは基本的に何でもそつなくこなすし、子ども達にも優しい。自分が彼に勝てることと言ったら、戦闘術くらいだろうか。成長してからレイディアが悩んだり落ち込んだりしている様子も……。


 そこまで考えて、ツァイリーはふと思い至った。


 レイディアが泣いたのは、ライアンで再開した時、そしてラミヤ大森林で自分が生きているとわかった時。

「俺……かも」

「は? お前何言って……」

 ダウト司祭の声がぴたりと止まる。

「来たぞ」

 その囁きと共に、足音が響いた。ツァイリーとダウト司教は物陰にじっと身を潜める。


 やってきた人物をツァイリーは凝視した。


 ギオザ…………。


 両脇にメルバコフの兵がつき、ギオザは俯きがちに歩いていた。顔はよく見えなかったが、少し痩せたように感じる。服装は最後に一緒にいた時のままだ。捕まってからそのまま幽閉されたのだろう。

 両手は手錠をかけられていた。ハレル司教が洗脳したメルバコフ兵によると、あの手錠は神力シエロを封じるものらしい。ツァイリーはギオザの右手に光るものを見た。自分を縛っていた指輪。

 ギオザはメルバコフ兵が誘導するままに、階段を上っていった。

 その先は処刑台である。ツァイリーははやる気持ちをぐっと抑える。


 作戦通りにやらなければ、失敗する。失敗したら、取り返しがつかない。



 一瞬にして喧噪が静まる。

 ギオザ・ルイ・アサムが登壇したのだ。

 メルバコフ民は息をのんだ。これが、かの有名なアサム王国の前国王。悪魔の力を持ち、残虐非道と恐れられた男。


 レイディアは壇上にあらわれたギオザを複雑な気持ちで見つめていた。ツァイリーを誘拐した男だ。しかし、ツァイリーの話を聞いている限り、一概に悪い人物とは思えなかった。なによりも、ツァイリー本人が、彼を信頼しているように感じたのだ。


 そして、助けようとしている。


 エルザイアンの目的は、彼の確保。その後、どう扱われるのかは自分の知るところではない。レイディアはエルザイアンの上層部に不信感を抱き続けていた。

 ここで命が助かったとしても、ギオザ・ルイ・アサムにとって自分たちエルザイアンに捕まることはもしかしたら最悪の道なのかもしれない、とレイディアは考えていた。

 しかし、それをツァイリーに伝えることはできなかった。


 場を取りまとめるのは、対アサム王国大使アイゼン・ケルトウ。

 この日を待ち望んでいた彼は、意気揚々と語り出した。

「ギオザ・ルイ・アサムは、先のライアン略奪、そして今回の旧ラミヤ教会の攻防にて、数多の民を殺めました。そして、禍々しい力を持ち、我らが友、エルザイアンからも指名手配を受けています」


 ギオザが起こした爆発によってメルバコフ王国軍第一軍が壊滅し、350人近くにものぼる死者が出た。この場には彼らの家族も多く集まっている。

 ギオザは仇である。

「情けを与える余地はありません」

「そうだ!」「早く殺せ!」

 その言葉に同意するように野次が飛ぶ。


 裏に控えるツァイリーは拳を握りしめた。今にも駆け出したい気持ちだった。


 ギオザがふと顔を上げたことで、水を打ったように場が静まり返った。


 ライアンを奪ったのみならず、民を虐殺したアサム王国。その頂点に立つ男。そして、恐ろしい力を持つという。

 しかし、想像していたよりもずっと、彼は若く、そしてこの場においても凜としていた。

 これから殺されるというのに、取り乱す様子もなく、その瞳はすべての人を射貫かんとばかりに力強い。


「これから、ギオザ・ルイ・アサムの処刑を執り行います」


 その声を合図に、メルバコフ兵がギオザを膝立ちにさせた。そして、大きな斧をかまえる。


 観客たちが息を呑む。これから行われることを生々しく想像し、目を逸らす者もいた。


「最後に、何か言いたいことはありますか」

「……」

 沈黙が場を支配する。誰もが、彼の言葉を待った。

 ギオザが口を開く。


「ひとつも後悔はない」

 その声は、その場にいる全ての人に届いた。


「私は、為すべきことを為したまでだ」


 まさに一国の王。

 観客は、恐れさえ抱いた。どうして、死を前にして、こんなにも落ち着いていられるのか。


 そして、思ってしまった。


 ここで死ぬには惜しい人だ、と。



 ギオザの言葉が終わったことを確認した処刑人たちが、斧を振り上げた。短い悲鳴が上がり、人々が呼吸を忘れるほど注目した時。


「待て」


 ハレル司教の声が響いた。

 処刑人の動きがピタリと止まる。ハレル司教は席から立ち上がって、力強く彼らを見据えていた。

「なにやってんだ!」「早くやれ!」

 ややして、野次が飛ぶ。しかし、処刑人たちは動かない。

「斧を下ろせ」

 それどころか、彼女の声に従うように斧を下ろして、元の位置に戻した。


「……どういうつもりですか、ハレル司教」

 状況を把握したアイゼンが怒りを露わにした。

 ここはメルバコフ。率いているハレル司教がいくら強力な神力シエロ持ちとはいえ、少数のエルザイアン相手にしてやられることはないだろう。だからこそ、処刑場に招待もした。

 しかし、完全に水を差された形だ。


「ギオザ・ルイ・アサムの身柄は、我々がエルザイアンへ持ち帰る」

 ハレル司教は、処刑人から目を離さずにそう宣言した。

「気でも狂いましたか。そんなこと、できるわけが……」

 なっ、とアイゼンは言葉に詰まった。ハレル司教の視線の先を辿ると、いつの間にか見覚えのある人物がいたのである。


 髪は短くなっているが、あれは間違いなく、アザミ・ルイ・アサム。

 ライアン奪還作戦の責任者。


 アイゼンにとっては因縁の人物だ。本来ならば、ギオザと一緒にここで処刑するはずだった。

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