籠の中の赤い鳥(7)

「テーブルの上に置くの、手伝ってもらってもいいですか」

僕の声に高塚はハッとし、あぁと力なく言うと、二人で死体になった男を持ち上げた。そしてテーブルの上へ男を置いた。


「今から臓器を摘出するので、高塚さんは下がっていてもらえますか。一応血が飛び散るかも知れないので、ゴーグルを」

僕は高塚にゴーグルを手渡し、自分の目にも装着した。レンズは薄らと茶色みがかったものだった。高塚はゴーグルを装着すると、洗面台の前に置かれた丸い椅子に腰をかけた。キィキィと木の軋む音が響く。解体するためのナイフなどの器具を一通り確認し、ジッパーを開けた。解体書で読んだことは全て頭の中に入っている。僕は咄嗟にスボンのポケットに手を入れた。明からもらった青い石を左手でぎゅっと握り続けると、手を離した。


「始めます」

緊張で手のひらに汗が滲む。僕はビニール手袋をはめ、レインコートを着た。高塚にもレインコートを渡すと、毛を剃るために用意していた剃刀を手にした。


「こりゃあ、地獄行きだ」

高塚は何かを諦めたかのように呟いた。僕の背中からは、高塚の力のない声が聞こえてきた。ぶつぶつと話しているが、何を話しているかは聞こえない。姿は見えてはいないが、声は籠り、息をしにくそうにしている。きっと泣いているのだろう。


その間も作業は着実と進められていた。薬品の臭い、血の臭い、体温、肉を切り取る音、それらが僕の五感をぐるぐると刺激し、吐き気がした。息を止め、グッと堪える。


「すみません、パックを広げてもらっていいですか」

高塚に声をかけると、椅子から立ち上がる音が聞こえ、それから腰痛が響くのか、鈍い声が聞こえた。高塚はパックを僕の目の前で広げた。解体中の死体が目に入ったのか、うっと小さく声をあげ、目を逸らしている。


「目は閉じててもいいですが、パックはしっかり持っていてくださいね」

僕は真っ赤に染まった手袋で腎臓を持ち上げると、パックの中に静かに入れた。袋の端には丸いボタンがついている。そのボタンを押すと、シュッとパックが縮み、密封された。


「そこに薬品が染み込んだタオルがあるので、袋の表面を拭いてください。血痕を綺麗に拭き取る薬品なので。それと、ボストンバッグの中に青いボックスがあるので、そこにパックは入れてもらえますか」

僕の指示に応えるように、高塚は機敏に動き出した。


「お前、よく平気だな」


「今は集中しないといけないので」

僕の震えた手を見て、高塚は納得したようだった。隣の部屋から振り子時計がゴーンと鳴り響いている。


 作業は淡々と行われた。慣れない作業で足が疲れを感じ始めていた。臓器を全て摘出し終えると、死体の体を閉じるように軽く縫い、くり抜かれた眼球の中には丸めた綿を詰め、瞼を閉じ、それから手袋を裏返すように外し、丸めて端の方に押しやると、袋のジッパーを閉めた。

「全体的に血を拭き取ったら、この死体を北の海岸まで運びましょう」


「ドラム缶は用意してあるのか」


「はい、そこで燃やします」

僕は薬品を浸してあるタオルを何枚もボストンバッグから出すと、高塚に新しいタオルを渡し、二人で袋に付着している血や、飛び散った血を拭い始めた。掃除が終わると、血の色に染まったタオルをビニール袋に入れた。


 時刻は午前三時を回っていた。タオルの入った袋を死体が入っている袋に移すと、二人で死体の袋を抱え、雨の止んだ静かな島へと出た。臓器の抜かれた死体はとても軽かった。


夏とは思えない冷たい風が吹いている。身体中が汗で濡れているため、冷えるのかも知れない。僕たちは無言で島を歩いた。幻想的な島には似合わない僕たちの姿がキノコのライトの灯りでぼんやりと映し出された気がした。時々、木の葉に残された雨が僕の頭上へと滴り落ちた。蛙の背中の脂のような気持ち悪い臭いが漂っている。それらの臭いがまるで大量の虫の死骸かのように思え、胃がムカムカと苛立っていた。


北の海岸は真っ暗だった。少しばかり残された体力で、僕と高塚は死体の入った袋をドラム缶の中へと放り投げた。そして、用意していた木の棒や紙に着火剤をつけ、マッチで火を起こし、着火剤目がけて放り投げる。火はすぐに燃え広がり、僕たちの顔を熱で照らした。ドラム缶の中はパキパキと音を立て始めた。よくわからないが何かがバキッと弾けるように音も聞こえる。黒い煙は高い空へと舞い上がっていった。


高塚はしゃがみこみ、柄シャツの胸ポケットからタバコを取り出した。そしてマッチで火をつけると、ゆっくりと煙を吸い、吐き出す。


「創、ありがとな。無理を言ってすまなかった」

高塚は噛み締めるように言った。


「大丈夫ですよ」

僕はそう言って、ほっと胸を撫で下ろした。薬品や死体のせいなのか独特の臭いを持った煙は、海の向こう側へと流れていった。

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