〜第六章〜不孝鳥の宵鳴き

不考鳥の宵鳴き

 僕は、地下にある機械仕掛けの最終チェックを行っていた。地下には巨大なスタンドライトをいくつも設置してあり、機械仕掛けの構造がしっかりと把握できるようになっていた。巨大な歯車たちが大きなパイプに固定され、ぐるぐると音を立てながら動いている。壁には小さな歯車がびっしりと設置されており、一斉にぐるぐると回っていた。ここまで設置できていれば、作業員は必要ないと判断し、作業員が手に持つ請求書にサインをすると、頭を下げてお礼を告げた。試しに稼働させるのは観光休園日の深夜にしよう。相馬が島にやってくる日までには間に合いそうだ。


地べたに座り、辺りを見渡した。地下室に張り巡らされた歯車たちはどれ一つとっても我が子のように可愛い。ここに来た日のことを思い出す。最初は不安と期待で胸がいっぱいだった。どんな絵を描こうかと真っ白い画用紙を見つめているようだった。今まで嗅いだことのない森の空気、ピンクを滲ませた緑色の空、サラサラとした砂浜、川の上を跳ねる魚。そこに交わる僕の作品たち。たくさんの人に喜んでもらえますようにと、祈るように目を瞑った。


「おーい」

地上から志崎の声が聞こえた。僕は立ち上がり、リフトに乗り込む。操作ボタンを押すと、リフトで地上へと上がった。外の光が眩しい。リフトの動きが止まるのを確認すると、目の前には志崎が笑顔で僕を待っていた。志崎の手にはいろんな色が合わさったアネモネの花束がある。


「やっぱり明の作る花束は綺麗だね」


「でしょ? 準備できたから行こう」

頷いて、花畑の丘へと二人で向かった。東の海岸の方で汽笛が鳴っていた。原沢がやってきたのだろう。


「風が気持ちいいね」

志崎はフードを脱ぐと、綺麗な銀色の髪がサラサラと流れた。額に滲む汗に張り付いた髪は光に当たって輝いており、まるで絹糸のように美しく見えた。


 丘へと辿りつくと、僕たちは一旦休憩しようと大木の下に座り込んだ。芝生の葉の隙間を覗くと、何匹かの蟻が忙しそうに歩いている。


「もうすぐ機械仕掛け始動かぁ、楽しみだなぁ」

志崎は、手のひらでサラサラと芝生を触っている。


「うん、ちゃんと動くかはテストするんだけど、みんなが寝ている時間にするよ」


「そうだね、ネタバレになっちゃうから」

志崎が笑うと、僕もつられて笑ってしまった。


「やっぱり創は笑顔がいいよ。気づいていないかも知れないけど、口角のここがクイっと上がって可愛いんだ」

そう言って、志崎は自分の口の端を指でさして、ニコニコと子どもみたいな笑顔を作った。


「えぇ、そうかな」

僕は自分の頬を手で摩った。僕がこの島で手に入れたのは自分の島だけではなく、自分の笑顔と、彼らとの友情だったのかも知れない。


「さーて、じゃあ、見に行こうか」

志崎が立ち上がり、両手をぐんと上げて伸びをすると、僕も立ち上がり、服に付着した芝生を手で手早く払った。


すると、遠くから誰かが走る足音が聞こえた。息切れを起こしている声からして、高塚だった。僕たちは丘を登ってやってくる高塚の姿をじっと見つめる。

足腰があまり良くないのに、急いでここまで走ってきたのだろう。よろよろと力なく、丘を上がってきた。


「おい」

高塚は声を振り絞るようにだすと、呼吸を整え始めた。荒い呼吸が徐々にペースを落としていく。しばらくすると、高塚は僕をギロっと鋭く睨んだ。


「どういうことだ」


「なんでしょうか」

僕は高塚をじっと視界で捉えた。逸らすなと自分に言い聞かせる。


「わかってるだろ。全部本物じゃねえってどういうことだって言ってんだ」

高塚は僕に近づき、詰め寄るように顔を寄せた。暫くまともに寝ていないのだろう。目の下の弛んだ皺はクマができ、黒ずんでいる。そして、微かにタバコの臭いがした。


体ごと持っていかれてしまいそうなほどの強風が、ビュウッと剣を振り下ろすかのような鋭い音を立て、一気に三人の間を駆け抜ける。それでも僕たちは、たじろがなかった。


「すみません。高塚さんに持たせた臓器は全て偽物です」

自分でも驚くほど、冷静な声が出た。高塚の瞼が誰かにこじ開けられたかのように、大きく見開いた。

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