籠の中の赤い鳥(3)
島公開日、大勢の貴族たちが島へと到着した。彼らの服は煌びやかな金色の装飾がついていたり、広いツバのついた帽子を被っていたり、胸元には花のブローチがついている。子どもを連れてきている人もいて、船内から漏れる声が賑やかだ。
僕は船着場で丁寧に頭を下げ、一人一人に挨拶をした。
「ようこそ、機械仕掛けの島へ。足元にお気をつけください」
観光客に笑顔を向けている自分に驚いた。いつの間にか人間に対する恐怖心が薄れている。本来は観光地の集客数に見込みが出て、収入が増えて来たら案内役に従業員を雇おうか悩んでいたが、必要ないかもしれない。
原沢は船の中で虫除けスプレーを売っていて、貴族たちは皆、同じ白いスプレーボトルを手にしていた。彼らが島の中へと入っていく。どんな反応をされるだろうかと考え、手のひらには汗が溜まり、僕の緊張感が高まっていくのが分かった。森の中へと繋がるアーチを潜った彼らは黄色い声を上げた。
「すごい、なんだこれは」
男性貴族の一人が声をあげる。すごいわねと上品に女性が目を輝かせる。子どもがキノコの飛び石を跳ねて渡り、蝶の模型を触ったり、色とりどりのクリスタルを模した石を撫でたり、滝から流れ落ちる水の中に手を入れたり、クローバーを踏んでいる。
ふと、明が言っていた言葉を思い出した。
「クローバーって踏まれると、さらに葉が増えるんだよ。三つ葉が人に踏まれて四葉になって、その四葉のクローバーを今度は人が大事に拾い上げる」
「なんかそれって切ないようで素敵なことだね」
思い出し笑いをすると、子どもに踏まれてぎゅっと地面に縮こまったクローバーが、ゆっくりとまた空へと伸びていくのを見守った。そしてキャンプ場へと人々を案内した。
キャンプ場は入り口を左に曲がり、さらに右手の木の階段を登った丘の上にある。テントと小川の奥には高塚が作った畑と果樹園、それから自宅があった。僕は木々の隙間から高塚の家の瓦屋根を視界に捉え、唇を噛み締めた。
貴族たちには島の地図を渡し、食事や本の貸し出しなどの方法を説明し、自由に過ごすよう伝えるとキャンプ地を出た。本番は夜だというのに、僕の心臓はドクドクと大きく振動し、着ていたシャツですらその鼓動を感じて揺れているのが目に見えて分かる。夏の暑さだけが理由ではないじっとりとした汗が額に滲む。ミンミン蝉の声がやけにうるさく聞こえた。
僕は志崎の自宅へと向かった。煉瓦の橋を渡り、斜めに伸びる並木道を歩いていると、ピンクのガーベラと青いネモフィラの花冠を頭に被せた子どもが走って横切っていく。
その子どもを横目に歩き、前へと向き直ると花屋が見えてきた。パッと見は下半分が煉瓦で、上半分が漆喰で塗られている小さな家だが、屋根の上にはたくさんの緑や花が飾られており、屋根の下には大きなステンドグラスの窓がある。お店の前には花屋の看板を作り、志崎がプランターに入った花や観葉植物が飾り、すぐに花屋だと分かるようにした。お店の中へと入ると、志崎がカウンターで小さな鉢に入った黄色い小花の手入れをしていた。
「創、お疲れ様。すごい人の数だね。おかげで商売繁盛だよ」
と、志崎が薄い唇で微笑んだ。
「ほんとに、思ったより沢山の人がきてくれた。明もお疲れ様。ここに来る途中に花冠をつけた子どもとすれ違ったよ」
「あの子、本物のお花の花冠は初めてだったんだって。喜んでくれてこっちまで嬉しくなったよ」
そう言って、鉢の中に水を差し込んでいた。僕はその花をじっと見つめる。
「心配?」
明が僕にそう尋ねた。僕は静かに頷いて、ため息をついた。
「大丈夫だよ。君は素敵な人だからね」
そう言って、白くて細い腕を僕の方へと伸ばすと、何かを手渡した。
「これは何」
僕の手のひらに乗せられたのは、とても深い青色で、綺麗な石だった。
「ラピスラズリ。鉱石のお守りだよ。今日一日、ポケットの中に入れておいて」
明はどこか満足げだった。いつでもさっぱりとしていて、何も気にしていないような素振りをする。けれど、僕の思考の奥深くまで見透かしているような、明はそんな人だ。
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