籠の中の赤い鳥(2)

 志崎が帰ったあと、食器を片付けながら相馬に連絡をした。島公開日が近づいたこと、それにあたり相馬を島に招待したいと言うメッセージを送ったのだ。


食器棚に食器を収納すると、僕はリビングのソファーへと腰をかけ、それから部屋をじっくりと眺めた。壁には西洋の風景や人物の絵画を飾っている。どれもコピー品ではあるが、油絵かのように凸凹と印刷されており、本物のような風格がある。所々には飾ったおもちゃが見える。白髪が無造作にボサボサとしているくるみわり人形の兵隊や、スノードーム、昔の電車のブリキの模型。そのどれもが愛らしい。木で出来た振り子時計やクラシカルな色をした地球儀。足元にはペルシャ絨毯と呼ばれるとてもカラフルで沢山の模様が入った貴重な絨毯が敷いてある。僕の好きな物たちが僕の心を癒してくれるのだ。


以前、志崎が家へとやってきて、モンステラやシュロチクといった観葉植物も部屋へとやってきたので、部屋全体の彩りのバランスもさらに良くなったように感じた。


お風呂に入ろうと考えていると、相馬からメッセージの返信が届いた。相馬は島公開日に行く予定だったが、島に招待したい人たちがいるため、全員の出港承認まで三週間はかかるとのことだ。相馬が島へとやってくる頃には、地下の機械仕掛けは完成しているだろう。僕は承諾の返信を送り、それからお風呂場へと向かった。


お風呂のバスタブは僕が設計したもので、双子座をイメージしてバスタブの両端に女神の白い彫刻が座っている。女神たちは水をすくうように両手をバスタブに向けていて、そこからお湯が流れてくる仕組みだ。循環性なので、お湯が溢れる心配はない。照明は星型のステンドグラスを使っており、天井やお風呂の壁紙はホロスコープのように様々な星座が描かれていて、バスルーム満天の星空の中にいるようだった。


全身を洗い終えると、黄色いアロマキャンドルに火を灯し、バスタブに体を浸からせた。振動で水面が激しく揺れ、少しだけバスタブの外へとお湯が溢れた。


僕は、じっとキャンドルを見つめながら思い耽った。僕が高塚の計画を実行することで、高塚の心が救われるのか疑問だった。僕の思い上がりではないのだろうか。もしかしたら、良くない結果を生み出すのではないだろうか。それでも計画がうまくいくように僕は全力を尽くす。失敗は許されない。じっとキャンドルを見つめていると、火が高く燃え上がった。女神たちの手から溢れたお湯が水面へと落ちると、弾んだお湯が僕の体へと当たった。


 気付けば、実行まで一週間を切っていた。準備は既に整っている。僕は島をぐるりと歩き、機械仕掛の島へ想いを馳せた。最初はほとんど何もなく、ただ鬱蒼と生えていただけの林も、軽快な音楽と、様々な物と、その物たちが生み出す色で溢れていた。背が高い赤のキノコパラソルが日差しを遮り、そのパラソルの中で休む鳥や虫。お構いなしに日光を浴びるオオムラサキの模型。それらをより引き立てる志崎の植えた花々。星のライトや、花の街灯。そして島へと訪れた人を誘導するかのように入り口で待っている大きな月。


さらに歩くとアジアのエリアに入っていく。カラフルな提灯や、怪しいネオン看板、背の高い電柱などを通り過ぎれば、日本庭園が待っている。美しい蓮の花が浮かべられた池には白と赤の鯉が優雅に泳ぐ。高塚という存在がいなかったら、このアジア風のエリアは作られなかった。志崎がいなかったらこの島は華やかな匂いもなく、今よりも殺風景だった。僕たち三人で作り上げた島だ。菜の花のツンとした匂い、蜂の羽音、水が静かに流れる音、鳥の声、泡立つ海のさざめき、木々が風で揺れる音、様々な要素が集まって一つの空間が完成する。本土では味わえなかった一つの空間だ。


かと言って、そもそも本土が無かったら、僕はこれらに魅力を感じなかったのかもしれない。色見がなく、全てが決められ枠にハマったその全てがあったから、僕はこの島を完成させることが出来たのだろう。つまらないと思えたから、楽しいことに気づくことが出来た。


僕は池の側にある竹のベンチへと腰をかけた。ししおどしがグラグラと揺れている。不安の波に呑み込まれそうな心を、ただ無にするために僕は目を瞑った。

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