錆びた歯車(5)
地下の工事も始まり、志崎も島の入り口やその他のエリアにもさらに花を植え始め、島作りも佳境に入っていた。そんな中でも高塚の様子がどうしても気になっていたため、島で手に入れたブルーベリーを手に高塚の自宅へと向かった。
玄関戸をコツコツと軽く叩くと、高塚が玄関戸を開け、顔を出した。
「おう、しばらくだな」
高塚は何事もなかったかのように僕を家の中へ招き入れた。
「ブルーベリー採れたので、よかったらと思って持ってきました」
僕はブルーベリーの中身を見せた。ほとんどの実が熟しており、紫と言うよりは黒々としている。
「そりゃいいな。ありがとさん。お茶用意するから座っておけ」
僕は二階へと上がり、ブルーベリーの入ったザルのボールをテーブルの上へと置くと、座布団の上に胡座をかいた。ぼうっとテレビを眺めていると本土は特に変わった様子もなく、最新型のマッサージ機を紹介している。既にどこか別の世界だったかのようにも感じた。高塚は湯飲みの乗ったトレーを手にしてやってくると、僕の目の前にいつもの緑茶を差し出した。
「ちょっと相談があってな」
高塚はトレーを戸棚の上に置き、咳払いをすると、僕の目の前へとアグラをかいて座った。
相談が言い難い内容であることは、彼の表情で一目瞭然だった。僕は両手で湯呑みを握り、手に温もりを感じさせて緊張を和らげた。高塚も同様に僕と同じ動きをした。
「黒魔術、興味あるんだろ」
「あ、はい」
なんだ、その話かと安堵すると、お茶を口につけた。
「俺は臓器の密輸をしたくてな」
僕はゆっくりと目を見開き、それから熱いお茶を飲み込んだ。お茶の熱が食道を通りすぎると、喉がヒリヒリと痛みを伴った。
「臓器売買ですか」
「あぁ、お前も黒魔術やってみたいんだろ。それには臓器がいるって話だったよな。俺も臓器を売って金にしたい。言っている意味、分かるか」
高塚の顔を見ることができなかった。僕はただふんわりと色づいている緑の水面を見つめていることしか出来なかった。湯気が立ち上り、僕の鼻を掠める。
しばらくして、僕はゆっくりと口を開いた。
「例えば、死体を解体するとか、そういうことでしょうか」
「そう言うことだな」
僕の緊張とは裏腹に、高塚は淡々として言った。
「死体はどこから入手するんですか」
僕は高塚の顔を見た。高塚は親指と人差し指で顎を掴んで潰すような素振りをし、「そこが問題なんだ」と、呟いた。けれど、もう彼の中で答えが出ているのではないだろうかと感じた。そう思った瞬間、高塚は話を続けた。
「もうすぐ島の公開だ。貴族がやってくるだろう。俺の自宅の側にはキャンプ地がある。そこに宿泊する貴族を狙おうと思っている」
「待ってくださいよ。それなら逆に闇取引で臓器を流してもらったほうが」
「金がいるんだよ」
高塚は僕の言葉を遮って、低く、静かに言い放った。
「お金ならこれから作れば良いじゃないですか」僕の声が高く裏がえった。
高塚は、原沢から買っている本土の雑誌を開き、僕の目の前へと放り投げた。見開かれたページには『墓石の撤廃の動き』の見出しが書かれている。記事に目を通すと、どうやら貴族のみが許されていた墓石という暗黙のルールも撤廃の動きに入ったそうだ。貴族の中でも墓石を持つ人は限られており、そもそも業界自体の業績が芳しくないことを含め、それらに不満を持つ信仰心の厚い人たちによるクレームが相次いだからだそうだ。そして撤廃は一ヶ月後に確定する予定とも記載されている。
「これって」
「撤廃される前に立派な墓石を買いたい」
自分のお金を貸すという提案が真っ先に頭の中に浮かんだ。けれど、地下の着工には莫大なお金がかかっており、僕自身にも残されている貯蓄は無いに等しかった。
「いや、でも」
「頼む。協力してくれ。もし無理と言うなら、俺一人でやるから、目を瞑っていてほしい」
高塚が僕に頭を下げた。どうしたらいいか分からず、僕は高塚の白髪混じりの髪をじっと見つめることしか出来ずにいた。
「もしかしたら他に方法も」
「もう考えたんだ。ずっと考えていた。もうこれしかないんだ」
彼の声は大きく揺れていた。
「考えさせてください。明には黙っておきます」
冷静にと頭の中で何度も唱えた。その結果でた言葉は、これだけだった。
「申し訳ない」
振り絞るような声が聞こえた。
「お茶、ごちそうさまでした」
高塚はまだ、俯いたままだった。僕は椅子から立ち上がると、家を後にした。
ドアを閉め、草の匂いを含んだ生ぬるい空気が僕の体を温めた。同時に熱を持った涙が溢れた。
「どうすれば良いんだ」
頭の中をぐるぐると思考が走り出す。思考はあっちにと思えば壁にぶつかり、こっちに行けばと思えば、また壁にぶつかった。喉がカラカラになっていくのが分かる。全てが涙に奪われるかのようだ。何度手のひらで拭おうと、溢れ出した。
今までの高塚の言葉が頭を過ぎる。優しい笑顔が浮かぶ。笑い声が響く。将棋の駒を持つ手。ピーナッツを頬張る姿。焚き火にあたる後ろ姿。
彼の望みは少しでも叶えてあげたい。このままの関係を維持したい。彼に嫌われたくない。信頼されているその気持ちに応えたかった。けれど、そのために誰かを殺すことは許されない。墓石撤廃までには一ヶ月を切っている。島の公開は早くても二週間後だ。すぐにお金になる方法はないのだろうか。心臓が鋭く痛んだ。
僕は、気づけばからくり人形の街へと足を運んでいた。何度も同じ動作を繰り返すからくり人形。
もっと動きが欲しいと願ったからくり人形。ただ僕は自分の作った人形たちを見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます