錆びた歯車(4)

 日に日に、高塚の口数が少なくなっている気がしていた。僕と高塚の会話は、基本的に高塚が何かを投げかけて、僕がそれに応えるパターンがほとんどだったからか、彼との会話が減ったのを何も考えずとも理解できていた。


「体調悪いんですか」僕がそういうと、決まって「まぁ歳だからな」と笑って返されて終わりだ。

僕の中で、もやもやとした何かが心積もりになっていくのが分かった。余計なことは聞かないようにしようと思っていても、なんとなく高塚の表情が気になって仕方なかった。


「無理はしないでくださいね」

そんな言葉しか出てこない自分が、不甲斐なかった。志崎なら高塚にどんな言葉をかけてあげられるだろうか。気の利いた言葉をつらつらと言ってあげられそうだ。けれど僕の頭の中は、どんなに言葉を手繰り寄せても、何も引っ掛からず、声として出てくることもなかった。どこか消え去っていた孤独すら感じる。


「そう言えば、高塚さんがこの島にやってくる前に面白い本を見つけたんですよ」

僕は少しでも高塚に気分転換をして欲しくて、黒魔術の本の話をした。人形をまるで人間のように変えられる黒魔術だ。


「黒魔術ねぇ、面白い話だ」


「ですよね。そんなもの作れたらきっと楽しいんだろうな」

僕は笑顔を高塚に向けたが、その笑顔にも気づかないくらい、彼はぼうっとしていた。どう足掻いても気分は優れないようだった。心臓に鋭い痛みが走った。僕は彼にも自分自身の体にも気を使い、あまり長居をしないようにと、高塚の家を後にした。


 夜の島は穏やかな空気が流れている。節電のために島を公開するまでの間はライトを消すことにしていた。真っ暗な森の中、あの発光する植物が際立って綺麗だった。バッタが発光する植物に飛び乗り、また飛び立っていくと、発光した粉がパンっと宙を舞い上がる。


そうか、この植物………僕は閃き、発光する植物を引っこ抜いて、自宅へと足早に帰った。自宅のドアを開けると、すぐさま作業部屋へと入る。テーブルにすり鉢を置き、雑草をその中へと放り込むと、木の棒ですり潰した。青臭いような嫌な臭いはなく、ほのかに芳ばしい香りが立ってきた。


しばらくの間、島の地下に作る予定の機械仕掛けの構想を練っていたが、難航しそうだと思っていた。けれど、この植物を使えば、それが可能になりそうな気がしたのだ。植物を磨り潰すと、発光した緑色の液体が出てきた。僕はその液体をスポイトで抽出し、二つの試験管の中に入れ、どちらにもプラスチックの蓋をし、片方を冷蔵庫の中へと移動した。この予感が当たれば、きっと地下の構想も実現できる。僕の心は踊っていた。


 高塚の体調が戻るまで、自宅や畑へは遊びに行かないことにし、代わりに志崎との時間が増えた。丘の花畑は完成しており、予想通り素敵な配色だった。ただピンクや紫などの同系色が並ぶのではなく、様々な色の花が咲いているのに、それらが全て一体になり、喧嘩をせずに華やかに見えるから不思議だ。僕は星型のライトを設置しながら、志崎に話しかけた。


「あの発光する植物の名前、決まったよ」

屈みながら枯れた花をハサミで切っている志崎の手が止まり、こちらを振り向いた。


「ほんとに? どんな名前になったの?」


「星月夜草」


「星月夜ソウ?」


「うん、ライトが消えている島を歩いていて思ったんだ。まるで地面が星空みたいだって」


「良い! すごい素敵」


志崎の目元が緩み、そして星月夜草と呟くと、納得したかのように微笑んだ。


「地下の構想もかなり仕上がってきたから、相馬さんに頼んで業者と一緒に着工しようと思ってる」


「ついに着工か。楽しみだな。あ、ネタバラシは駄目だよ。ちゃんと公開する日に私も驚く準備しておくから」

と、いたずらっぽく言う志崎に、僕も釣られて笑顔になった。


「そういえば、高塚さん、最近元気ないね」

志崎は落ちた花びらを拾い上げながらそう言った。


「明もそう思う? 体調が悪いのかなと思ってるんだけど」


「どうだろうね」

僕の曇った表情を察したのか、志崎は僕の肩を優しくぽんぽんと叩いた。


「大丈夫だよ。島の公開日も近づいてきているし、お店のことで悩んでいたりするのかも知れないしね。落ち着いたら私たちにこんなことがあったんだって話してくれるよ」


「うん、そうだね」


大丈夫だと言う志崎の言葉は、僕の心の重荷を外してくれた。熱い風が二人の間を通り抜ける。もうすぐ真夏がやってくるに違いない。空を仰いでいると体から汗が滲んで流れた。汗が不安な気持ちも流してくれているようだ。志崎と大木の下で休憩をとっている間に、相馬へ着工手配の連絡をすると、思ったよりもすぐに返答があり、早急に手配してくれるとのことだった。


「そろそろ島の中も最終段階だ」


「私ももっと島に花を植えていかないとだ。頑張ろうね」


志崎はどこまでも不思議な人だ。仕事を楽しそうにこなすところは僕と似た部分を感じるが、僕が月だとすれば、志崎は圧倒的に太陽みたいな存在だった。僕が月と例えるのすら少し烏滸がましいかも知れない。どちらかというと地面に生えている苔だ。

志崎には僕のように落ち込む時は存在するのだろうかと思うほど、何事も前向きに捉えているように思える。きっと引きこもっている僕よりも色々ある人生だっただろう。なのにどうして常に明るく生きていけるのだろうか。

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