錆びた歯車(6)

 鳥が忙しく羽をバタバタと広げる音で目が覚めた。ベッドの中に蹲る体は重く、起き上がる力を残していなかった。イチが僕の顔の側にやってくると、心配そうに鼻を頬にくっつけてきた。それから体を丸めて座り、ゴロゴロと喉を鳴らし始める。それでも、僕の体は頑なにベッドへと沈んだままだった。カーテンの隙間から漏れる光が僕の頬をかすめる。


人形ばかり作っていた人生だ。お金のことになると何一つ分からない。言われるがままに仕事をし、使わない分を貯金してきただけの人間だ。高塚に何をアドバイスできるのだろう。何度考えても分からないけれど、彼のことを助けたかった。楽にさせてあげたかった。願いを叶えてあげたかった。ただそれだけなのに、頭の中にはこれだと言う発想が浮かんでこない。


彼の生きるための原動力は墓石を買うという目的のみだ。それは原沢の話からも察していた。彼にとっては奥さんは宝石のような人であり、その存在が全てだったのだろう。二人の間にどんな人生があったのかは分からないが、奥さんへ感謝の気持ちを込めて、彼女の願いを叶えてあげたいという想いは、ひしひしと伝わっていた。何時間ベッドで寝転んでいたのだろうか。僕の思考は平らになり、ただ湧き上がる好奇心を押し殺し始めていた。


 陽が沈み月が顔を出すと、僕は何枚かの紙を持って、高塚の家へと向かっていた。島の入り口にある月のライトを通りすぎた。月の下の滝は僕の鼓動の音をかき消すように激しく流れている。キノコの飛び石の柔らかさも、靴底で感じる石の硬さも、今の僕には届かなかった。


高塚の家へと着くと、インターホンを押した。磨りガラスの向こうに人影が見える。高塚が玄関戸を開けた。無言でお店の中へと通されると、いつもは二人で将棋をさしているローテーブルの前へと行き、茶色い革のソファに腰掛けた。ソファーの革と僕の服が擦れ、キュッと高い音が鳴った。


「お茶入れてくるから待ってろ」


「大丈夫です。座ってもらえますか」

高塚は目を見開き、それからゆっくりと僕の向かい側へと腰掛けた。高塚のお店には振り子時計が飾られている。振り子時計は音も鳴らさず、左右に揺れているだけだった。


「高塚さん、やりましょう」

僕がテーブルの上へと広げたのは、殺害から処理までの計画を綿密に書いた紙だった。


「本当にいいのか」

高塚の言葉に、僕は大きく頷いた。


「僕も作ってみたいです」

彼の目を見つめ、そうはっきりと言葉を発した。彼は納得したように目を瞑った。それから「まずはどうするんだ」と、僕に訊ねた。


「これ、見てください」

僕は計画書を高塚が読めるように、彼の目の前までぐいっと差し出した。


「僕はこの島の管理人という立ち位置ですので、貴族の宿泊を管理します。誰が何時にこの島にやってきて、帰っていくかは原沢さんとデータを共有することになってます。貴族はこの島に来るとき、必ずICチップの電波を遮断すると思います。仮に遮断されていないとしても、こちらで電波の管理もしているので遮断していない人は狙わなければいいだけです。遮断している人を高塚さんの自宅から一番近い位置のテントに誘導し、宿泊してもらいます」


外部からの介入に嫌気がさして貴族になる人も一定数いる。バカンスとなればなおさらだ。貴族相手に商売をしていたため、僕はそれを把握していた。高塚は頷くこともせず、僕の話をじっと聞いている。


「毒を盛って殺害は駄目です。臓器にも毒が回っては売ることができないので、島のお茶だと言って睡眠導入剤の入った飲み物を渡しましょう。夜になったら僕と高塚さんの二人で、その人を家まで運ぶ。あとは静かに殺害するだけです。痕跡が残らないように荷物などは島の北側で燃やせばいいと思いますし、血が飛び散ると血痕でバレる危険性が上がるので、寝袋のようなものに死体を入れて解体作業を行えれば、多少の汚れは防げると思っています。その後臓器を取り出す。保存容器などは原沢さんから入手してもらえますか」


流暢に話す僕の姿に高塚は驚いていたが、紙に書かれた詳細に目を通しながら細かく頷いていた。

「仲間と一緒に来ている奴は狙わらない方がいいな」


「そうですね。できれば単独で来ている人を狙うのがベストだと思います。なので、僕が当日単独で来ている人を高塚さんの自宅に一番近いテントへ誘導します。宿泊データは僕が管理しているので、データ上貴族は本土に帰ったことにしたら問題ないと思います。ちなみに僕は高塚さんが売らない部分の臓器を一つ頂ければいいので。あ、血の飛び散りを抑えるといっても、多少は飛び散ってしまうと思うので、血痕が見つからないように拭き取る薬品や服などは用意しておきます」


高塚の紙を握る手に力が入った。紙がくしゃっと小さく音を立てる。


「うまく行くといいんだが」

彼は不安そうに眉を顰めた。


「やるからには成功させましょう」

僕の目にもう迷いはなかった。全ては僕の大切な人を助けるためだ。

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