エリカとアスチルベ(3)

 高塚の家は僕が設計した。昔の日本家屋を思わせる藍色の瓦を起用した屋根だ。玄関戸や窓には茶色い木枠をつけ、古いすりガラス戸に見えるように加工された強化ガラスが嵌められている。玄関の庇には風鈴と呼ばれる飾りをつけた。海月のように逆さまのお椀の形をしており、舌戸呼ばれる小さな部品が付いている。これらが風に揺れるとチリンと鈴のような綺麗で通る音が鳴る。


高塚の家をぼうっと眺めていると、家の前に何やら不思議な四角い機械が置いてあった。見たことのない古い機械に僕の心臓がどくんと弾んだ。表面の白い塗装は剥げ落ちていて、そこから錆が広がり茶色くなっている。さらに古い家電製品にはよくある鈍くて低い音が鳴り響いていた。まだ動いているなんて驚きだ。僕がこれは一体何に使う機械なのだろうとまじまじと眺めていると、ガラガラと音を立てながら玄関戸が開き、開いた戸の間からは高塚が顔を出した。


「おお、来たか。なんだ、それが気になるか」


僕の視線の先にある機械を見て、高塚は嬉しそうに目尻を下げた。


「これなんですか」


僕は目の前の機械を指さす。


「古い冷凍庫だ。昔はな、駄菓子屋っていう安っぽいお菓子が売っているお店があったそうなんだ。そのお店の前に置いてあった冷凍庫だ。アイスなんかを入れて売っていたらしくてな。俺も写真でしか見たことはないが」


僕は上から覗くように冷凍庫をみた。中には水色のアイスキャンディーが入っている。


「当時の写真あるんですか」


「あるぞ。とりあえずここじゃなんだ。中に入れ」


高塚はそう言うと、僕を家へと手招いた。古い冷凍庫を尻目に高塚の家の中に入ると、すぐに骨董品の商品たちが目に飛び込んだ。玄関マットは旧タイプのもので、緑をベースに赤や黄色といった模様が入っている。ザラザラしていて、靴のまま踏むと、ジャリッと音がした。照明は赤や黄色など様々な色が照らされているが仄暗い。さらに色も形も違う沢山の商品が陳列されている。それらは今まで僕が見たことのない光景だった。僕の右手側には焦げ茶色の木のカウンターに、よく分からない大きな鈍色をした機械が置かれていたが、なんとなく既視感はあった。


「この機械は……レジカウンターですか」


高塚は僕の質問を頷いて肯定した。感じていた既視感は何だったのかすぐに分かった。昔にミニチュアハウスを作ったことがあったが、その時使用した資料に載っていたのだ。ボタンが沢山あり、下には引き出しがついていて、当時はそこにお金を入れていたそうだ。今では電子決済が主流なため、現金自体が珍しい。隣には電子マネー決済用の機器があるので、このレジカウンターは飾りなのだろう。


カウンターには、何度か作ったことのある赤べこと言われる置物が置いてあった。頭が上下にゆさゆさと揺れる真っ赤な牛のような置物だ。その隣には招き猫の置物も座っている。左手側には、古い茶色の皮のソファーに木のローテーブルがあり、テーブルの上には、将棋と言われる昔のボードゲームが置いてあった。将棋は僕も作ったことのあるおもちゃの一つだ。


「将棋……」


僕は将棋の駒の入った木の器を手に取った。


「やったことあるか」


「作ったことしかないです」


僕がそういうと、高塚は大きい口を開けて笑った。口の奥の銀歯が光っている。


「今度教えてやるから一緒にやろう」


そう言う高塚の笑顔はどことなく少年っぽいあどけなさを感じて、僕は嬉しくなった。目の前には、不思議な模様の壺や提灯、よく分からない太鼓のような楽器や木製の楽器などが置いてある。お皿や馬の置物、博物館でしか見たことのないような兜や刀なども置いてあった。さらに僕は天井を見上げた。


「このカラフルな提灯はなんですか」


「これは昔の中国の提灯だ。綺麗だろ。昔は元宵節っていう日に色とりどりの提灯を飾ったそうだ」


緑、赤、青、模様も蓮を思わせる花柄、神様のような絵柄や文字が描かれている。形も丸かったり四角かったりと様々だ。昔の西洋文化とは違い、全ての色が奇抜ではっきりしているのもまた奇妙で惹かれた。洗練されたデザインというよりは、これ見よがしに一つ一つが上手に自己主張している。


「すごい。おもちゃ箱みたいだ」


「創の家ほどじゃあないだろう」


「僕は西洋特化なので」


「俺は西洋には疎いんだ。今度部屋を見せてくれ」


僕は恥ずかしい気持ちを堪えながら頷いた。高塚のお店は僕が今まで見たことのない世界だった。もちろんアジアのおもちゃも作ってはいるが、貴族たちが西洋に憧れを強く抱いているため、アジアの物に触れることは少なかった。


「じゃあ、今から一つ一つ説明してやるからこっちに来い」


高塚は、商品の一つ一つを僕に説明して見せた。その表情は得意げで、まるで演説をしている政治家のように誇らしげだ。そして彼の知識はとても深く、僕を圧倒させた。中には模造品も紛れているらしいが、現代の人には価値が分からないから、それが本物だろうが偽物だろうが、商売は成り立つとも言っていた。


しばらくすると、お茶を入れるからと二階へ案内された。確か二階は十畳ほどの畳が敷いてある和室だ。二階へと上がっていくと、目の前に襖と呼ばれる昔の扉と壁の役割を持った引き戸があった。部屋の中へとはいると、丸いちゃぶ台の周りに紺色の座布団が置かれており、蓮のような白い刺繍が入っている。ちゃぶ台の奥には木で作られた座椅子があり、僕はあの椅子が高塚の定位置なのだろうと瞬時に気がついた。部屋の中は線香の匂いがほのかに香っている。


「適当に座れ」


そういうと、高塚は左手に置かれた棚の中から、急須と茶葉が入っていそうな筒状の缶を取り出した。蓋を開けると、ポンっと小さく破裂するようないい音が鳴った。


「どうだ、島作りの方は順調か」


「かなり進んできたと思っているんですけどね。肝心の島の地下が中々進んでなくて」


「島の地下ってどういうことだ」


高塚はお茶の入った湯飲みを僕に差し出すと、さらに戸棚からお煎餅という昔のお菓子を取り出し、僕の目の前に置いた。湯呑みからふんわりと緑茶のさっぱりとした匂いが漂う。


「実は島ごと機械仕掛けで大きな動きをつけたくて、それで悩んでます。まだどう動かすか決めてないんですけど、設計図の段階で地団駄踏んじゃっていて」


「それは面白そうだな。でも島を壊さないでくれよな」

と言って、ガハハと声を上げ笑った。


 僕には誰も想像したことのない大きなものを作り上げるという大きな計画があった。けれど、それをどう動かしていけばいいか。どんな仕掛けにするかを決めていなかった。莫大なお金もかかるため、先に観光地から作っているわけだ。地下の機械仕掛けが島作り計画の最終目標だ。いつもより慎重に考えてしまい設計図を書く筆も進んでいない。

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