エリカとアスチルベ(4)
「なんでおもちゃ作ってんだ」
そう言うと、高塚はクッキーの缶を開けた。蓋が硬くなっていたのかポンっと大きく軽快な音が鳴る。すると、空いているお皿に缶の中身を出した。何故か中からは大量のピーナッツが出てきた。
「なんででしょう。気づいたら作ってたんですよね」
僕は、ピーナッツの周りについた塩を見つめながら、呟くように言った。
「何かを継続して動かしていこうと思う時、必ず思考が伴うんだ。よく考えてみろ」
必ず思考が伴う。僕は幼い頃のことを思い出そうとし、ズボンの布を両手でぎゅっと掴んだ。
「おじいちゃん、僕のおじいちゃんが、古い人形を直してたんです。僕がまだ三歳くらいの時だったかな。おじいちゃんは人形を直している時、ものすごく楽しそうだったんです。塗り直したり、削ったり、そういうのを見ていると、僕も心がワクワクした。僕もおじいちゃんの見様見真似で粘土を使って作ったんですよね。その時作ったのは恐竜だった。周りからしたら、恐竜には見えなかっただろうけど。けど、僕がそれを見せるとみんな驚いて、喜んでくれた。すごいって言われた時、初めて僕の中身を褒めてくれたような気がしたんです」
高塚は静かに頷きながら、僕の話を遮ろうとはしなかった。
「物心ついた頃から漠然と、何故か孤独を感じてました。僕は一人きりなんじゃないかって。大勢の中にいても、家族に挟まれながら寝ていても、何故か寂しかったんです。だからなのか僕が作ったおもちゃを見て、褒めてくれるみんながやっと僕を視界で捉えてくれている気がしたんです。だからもっと見てほしくて、驚いてほしくて、作り続けてたと思います」
「あるじゃねえか、立派な理由が」
そういうと、高塚はピーナッツを自分の口の中に放り込み、咀嚼しながら笑顔を見せた。
「冷凍庫の写真見るか」
そう言って、高塚は今にもページが破け落ちそうなアルバムを取り出して、僕の目の前においた。背表紙は擦り切れていて、何か油性ペンのようなもので文字が書かれているが、それがなんの文字だかは分からなくなっていた。高塚がゆっくりと背表紙を開く。
アルバムの中には、足でペダルを漕ぐタイプの古い自転車に跨っている帽子を被った少年がいる。
「これが俺のじいちゃんだ」
高塚は自転車に跨る少年を指さした。少年の後ろには先ほど家の外でみた白い冷凍庫がある。先ほどの冷凍庫のような錆はなく、橙色で“牛乳“という文字が印字されている。
「それでこの後ろにあるのが、さっき話した駄菓子屋だ」
どう見ても古い和風の一軒家ではあったが、両開きのガラスの引き戸があり、奥には何やらカラフルなお菓子が置いてありそうな雰囲気があった。
「面白いお店ですね」
「俺も当時はじいちゃんに行ってみたいって言ったもんだ」
他の写真も見せてもらったが、タイヤがついている古いタイプの車や、古い家屋の写真がたくさんあった。雑草や花々が好きなように背伸びをして生えている。
「この時代、自由そうですね」
僕は写真を手に取った。触ったことのない紙の質感に僕は胸がキュッとして、ときめいてた。この写真一枚とっても僕の知らない歴史が詰まっていると思うと、好奇心を唆られたのだ。
「どうだろうな。昔は昔で大変だったらしいけどな。仕事がない人間もたくさんいて、働きたくても働けない。お金がもっと欲しくても稼げない。子どもを見てくれる施設も少ない。たった一人で何人もの子どもを育てる。けど食事は今ほどすぐに作れない。洗濯物も掃除機も、機械に頼ったとしても今ほどじゃあない。その手間の良さも勿論あるんだろうけどなあ。重荷すぎたら何もかも辛く感じてしまうこともあったって、ばあちゃんは言ってたな」
僕には元々仕事があったし、子どもはいないし、昔の人の苦労を同じように感じることはできない。それがなんだか寂しく感じた。高塚はピーナッツを口に入れて、美味しそうに咀嚼している。ほんのりとピーナッツの匂いが香ってきた。
「僕は恵まれているんですね」
「創が恵まれていると思えるのは、創が一生懸命頑張った結果だろう。最初は恐竜に見えなかったんだろ?」
僕は手元に置かれた湯飲みに触れた。じんわりと手のひらに熱が伝わる。
僕は頑張ってきたのか。考えてみたらそうなのかも知れない。最初はお金になるほどの物を作れなかった。両親や家族が、わっと声を上げて喜んでくれたのは、僕の成長を感じたからで作品に喜んでいたわけではない。けれど今は、僕を抜きにして僕の作品を喜んでくれる人がいる。それは僕が培ってきた技術に違いないのかも知れないなと思った。
「本当に恵まれている人間っていうのは、実はそんなにいないんだ。各々が考えている豊かさに向かって生きている。一見すると恵まれているように見える人だって、本当は何か欠落していたり、何かを望んだり、苦労していることがあるもんだ」
黄金のお城に住む王様を想像してみた。きっと綺麗な服を着て、家来たちに体を洗ってもらい、朝昼晩とご飯が出てくる。皆が自分を見れば頭を下げて、さぞ気持ちのいい光景が広がっているのかもしれない。けれど、本当はどうなのだろう。もしかしたら料理を作ってみたい。自分で体を洗ってみたい。みんなと同じ服を着てみたい。それだけじゃない。王様なのだから大きな一つの国をまとめなければいけない。その重圧は、どう足掻いても平民が感じることはできないだろう。自分の一言で国がどんな方向にでも転び、もしかしたら戦争が起こるかもしれないのだから。
高塚は僕の技術を買っていた。言葉で事細かに褒めることはないものの、島を歩きながら感心しているような言葉をぽつりぽつりと呟いてくれる。貴族に褒められる時は、僕のおもちゃを通して、貴族自身のステータスが手に入ったという表面上の喜びや評価という感じがしていたのに、高塚に褒められる時は、本心から褒めてもらっている気がした。だからこそ、僕は高塚に信頼感を抱いているし、それ以上の家族に近いものを感じているような気がした。
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