第四膳 答え『餃子と共同作業』

「まずは皮から作ろう」


 わたしは薄力粉、強力粉の小袋をテーブルの上にドンと置く。

 それぞれ適量ずつ量り、ボールに入れて塩を少々振りかける。

 

「さて、これを混ぜてくれないか?」


 わたしはタマに菜箸を渡し、タマは緊張しているのかぎこちなく頷く。


「フニャン!?」


 タマは料理が初めてなのだろうか、何がどうなったのか、粉が自分にかかって白猫のようになっている。

 わたしはお湯が沸いたので火を止め、笑いながら手本を見せてあげる。


「ハハハ。貸してごらん? こうやってサッとやるんだ」


 わたしは手際よく粉を混ぜ合わせる。

 それから熱湯を適量回し入れた。


 この水分量が重要だ。

 多すぎると手にベタベタついたり、うまく粉がまとまらない。

 ザッと菜箸でかき混ぜ、大雑把にまとまったところで、タマに手で混ぜるように頼む。


 タマは始めはおっかなびっくりしていたが、少しずつキレイにまとまるようになると楽しそうに笑顔で捏ね上げる。

 タマがこねる作業に疲れたので、わたしに交代し生地に弾力が出てきたところで丸く形を整えてラップで包み、常温で少し寝かせておく。


 その間に餡を準備だ。


 タマに包丁を使わせるのは危険と判断し、わたしがキャベツとニラを粗みじん切りにする。

 それから豚ひき肉に塩胡椒を加えて粘りが出るまでよく捏ね、生姜、ニンニクをすりおろし、調味料を加えた。


「ニャー!?」


 隠し味に使うオイスターソース生臭さにタマは飛び上がらんばかりに後ずさる。

 わたしはクツクツと含み笑いをし、遠慮なく混ぜ込む。

 単体では美味しさの欠片もなさそうなクセモノだが、ほんの少量加えてあげるとコクが増すのだ。


 タネが完成したら、生地もちょうどよい塩梅になっていた。

 一口サイズに切り分けてやり、片栗粉を打ち粉にして薄く伸ばしていく。

 

「……フニャー」


 タマは丸く出来上がっているわたしの皮を見て、自分の不揃いな皮を見て自信なさげに耳をペタンと伏せる。

 

「アハハ、大丈夫だよ。形が悪くても、餡を詰めてあげれば意外となんとかなるよ」


 それからわたしたちは笑いながら餃子に餡を包み込んでいく。

 そして、仕上げに焼く。


 油を引いた熱々のフライパンに餃子を並べ、水で下半分以下になるように軽く覆う。

 蓋をして強火で熱する。

 蒸された餃子には火が通り、蓋を取って水分が抜けきるとそこにはカリカリに茶色になった餃子が残された。


 これで完成だ!


 わたしは辛口のロゼ、タマはハチミツでほんのり甘みをつけた菊花茶で飲茶を楽しもう。


 お腹がグーと鳴る音が『いただきます』の代わりだった…… 


🍷🍷🍷


 この飲茶にわたしたちは舌鼓を打った。

 だが、流石に二人で食べきれないほど作りすぎてしまった。

 残った餃子は最上階のカノーさんのところにお裾分けしよう。

 カレーの冷めない距離に住んでいてくれて良かった。


『やり直し』か。


 黄金に輝くエレベーターに乗りながら、ひとり過去を思い出す。

 

 わたしには『タマヨ』という娘がいた。

 逢生蒼師匠のもとで、共に修行した相手との子だった。

 だが、あの頃のわたしは料理のことしか頭になかった。

 元妻が隠れてヤツと関係を持っていたことは、わたしには責めることができない。


 わたしにとって父親らしいことをしてあげたことは、あの日、元妻がタマヨを連れて姿を消した日の前日、二人で餃子を作ったことだけだった。

 あの日、父親として家庭を省みようと心変わりした日でもあった。

 しかし、独り残され気がついた時には全てが遅かった。


 しばらくして再会した時、元妻はヤツに洗脳されていた。

 ヤツに唆され、ムー大陸を、世界を崩壊させた古代文明を復活させてしまったのだ。

 タマヨを生贄に捧げて……


 起こってしまったことは、最早『やり直し』はできない。

 タマヨを永遠に失ってしまったことは変えられないんだ。

 

 もちろん、タマとタマヨは別人だと分かっている。

 代わりだなんてわたしの自分勝手な考えだ。

 だが、それでも、わたしに料理人として、ひとりの人間として立ち直るきっかけを与えてくれた。


 エレベーターのベルを鳴らすような音で、意識が現実に戻ってきた。


「な、何だ、これは!?」


 扉が開かれ、目の前に現れた真っ赤な世界に呆然とした。

 ペントハウスのドアの前で、カノーさんの黒服の護衛たちが喉元を切り裂かれ息絶えている。


「カ、カノーさん!」


 わたしが飛び込んだドアの先には、鮮血を浴びて妖艶に佇む一人の女がいるだけだった。

 コウモリのような翼が背に生え、蠱惑的な曲線を描く豊満な身体を包む漆黒の闇のようなボンテージ、ふっくらとした吸い込まれそうな口元に生えた白い牙を禍々しく光らせる。

 わたしの姿を認めると、女は懐かしいモノを見て嗤った。


「うふふ。久しぶりね、関川くん? 残念ながらウンバチは留守よ」


 女、ヤツの元に走り人間をやめた元妻、鈴月だった。


 そして、変態の館とムー大陸の全面戦争が始まったことを悟った。

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