第二話 会話

 傘をたたんで東屋に入る。濡れたベンチと、小さな傘立て。その傘立てには黒い傘が立ててある。


「どうしたの?」


 ふしぎそうな声がして、ハッとした私はれん君を見た。彼は楽しそうに笑ってる。そういえば昔も、よく笑ってたなと思い出す。

 明るくて、みんなに優しいから、彼にはたくさんの友達がいた。でも、一人で本を読んでる時もあったな。本が好きだと話してた。


「ほんと久しぶりだねぇ。中学卒業して以来だ。月乃つきのちゃん、元気だった? 高校はどう? 楽しい?」


「えっ? うーん」


「どうしたの?」


「私のことを知らない人がたくさんいる場所に行けば、新しい自分になれる気がしてたんだ。だけど、何も変わってない気がするの。夢もないし、友達もいない」


「えっ? 俺は?」


「中学まで一緒だった男の子」


「えー? ふふっ。面白いんだからぁ」


「面白くないし」


「夢がないのはいいんだよ。これから好きなことや、楽しいことが見つかるかもしれないから。でも、学校に友達がいないのは寂しいか……。寂しい?」


「うーん、なんで私には、友達ができないんだろうって、時々思うんだ。私の性格が悪いのかな?」


「いや、それはないと思うけど……。高校入学した時に、誰も話しかけて来なかった?」


「最初はね、知らない女子が何人か、話しかけてくれたんだ。だけど……会話がうまくできなかったというか……。今は、会釈するだけかな。もうグループができてるし。いや、一人の子もいるか。でも、私は自分からは、用事がないと話しかけられないし」


「そう? 月乃ちゃんって、人が困ってるなって思ったら、すぐに声をかけてた気がするんだけど」


「それは……相手がわかりやすく困ってる時だけだよ。困ってるのかなと思って話しかけたら、怒られたことあるし。できるだけ、よけいなことはしないようにしてるの」


「優しいよねぇ」


「いや、優しくないよ。同じクラスの子が愚痴とか、誰かの悪口言ってても、何も言えないし。私が優しい性格なら、うんうん、わかるーとか、明るく元気に言えると思うんだ。でも、その場にいない人の悪口大会とか、楽しく参加できないし。普通の子は、心で何を思ってても、周りにそれがバレないように、笑顔で参加できるらしいのに」


「誰かがそう言ってたの?」


「うん、中学生の時に、学校の子が教えてくれた。みんな、言わなくても空気を読んで、話を合わせるんだって。私には無理って言ったら、それじゃあ友達ができないって言われた」


「そっかぁ。まあ、確かに、友達を作るために我慢をして、みんなに好かれようと頑張る子もいるからね。だけど、月乃ちゃんは月乃ちゃんでいいと思うな。無理をしてもストレスためるだけだと思うし、周りに合わせてばかりいたら、自分がわからなくなっちゃうから」


「今でもわからないよ」


「そう?」


「うん。優しいっていうのは、蓮君みたいな人のことを言うんだと思う」


「俺?」


「うん。学校でも、習字でも、みんなに優しかったし。誰にでも笑顔で話しかけるし、すごいなぁって思ってた」


「俺としては、話したい時に話したい相手と話してただけだけどね。笑顔なのは、そういう顔なんじゃないかな?」


「そう?」


 私が首をかしげると、蓮君がクスクス笑う。


「ほら笑う」


「月乃ちゃんと話すの楽しいな」


「いや、楽しくないし。私と話して楽しいなんて言うの、蓮君ぐらいだよ。なんか、すごい久しぶりにたくさん話した」


「そうなんだ。それはいいことだね。おばさん、働いてるんだっけ? 今でもご飯作ってるの?」


「うん、私が中学生になった時から働いてるよ。今日は仕事だから、私が作るんだ」


「何作るの?」


「鶏肉のトマトクリームシチューと、ナスのミートグラタン」


「いいなぁ。食べたい」


「それは無理かな……お腹が空いたなら、家に帰ったら?」


「えー?」


「……蓮君はここで何してたの?」


「恋愛小説読んでた」


「恋愛小説? 雨なのに、わざわざここに来て読んでたの? そういえば昔何度か、ここで会ったね。急に土砂降りになって、一緒にここで雨宿りしたこともあったな」


「そうだね。今日は、この本をここで読みたくなって、学校帰りにここに来たんだ」


 蓮君が本を見せてくれるけど、ブックカバーがしてあるので、イラストもタイトルも見ることができない。


「昨日、日曜日なのにヒマでさ、本屋さんに行ってふらふらしてたら、この本を見つけたんだ」


「そうなんだ」


「この本に、紫陽花が咲き乱れる公園が出てくるんだけどさ、そこに青い屋根の東屋があるんだ。それで、ここだって思って、一度家で最後まで読んだんだけど、ここでまた読んでたわけよ。そうしたら運命の再会があって、ドキドキしちゃった」


「運命って……」


「運命だよ。高校生になって、月乃ちゃんがますます美人になっててびっくりしちゃった。その制服も似合ってるし」


「美人って……」


「ほんとのことだから言っただけだよ。あっ、そうだっ! 月乃ちゃん、恋愛小説、好き?」


「うーん、まあ、普通に読むかな。恋愛とか、よくわからないから、知りたい気持ちもあるし」


「じゃあ、これ読んでみる?」


 蓮君がブックカバーを外して、本の表紙を見せてくれる。

 その瞬間、心が震えた。


「綺麗な絵だね。透明感があるというか……」


 紺色の着物姿の美しい男と、セーラー服姿の少女。雨と紫陽花と青い屋根の東屋。

 男は、緑色の髪と、淡い青紫色の瞳を持つ。あやかしだろうか。


 そう思い、帯を見ると、紫陽花の精霊との恋って書いてあった。

 小説のタイトルは、紫陽花に恋して。


「ねえ、どうする?」


 蓮君の声にハッとして、私は顔を上げる。


「読んでみたい」

「やったぁ! じゃあ、連絡先交換しよっ! スマホ持ってる?」

「うん、春休みに買ってもらった」

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