第三膳『シチューと苦手料理』

シチューと苦手料理 前半

 一緒に暮らし始めたあの日から、オレは自分のためでなく、人のために食事を作るようになった。もうずいぶんと忘れていた心地のいい感覚と柔らかな気持ち。


 たぶん相手が平九郎だからだろう。平九郎はなにを作っても喜んでくれるし、本当においしそうにご飯を食べてくれる。食べ終わったらちゃんと『ごちそうさま』も言うし『すごくおいしかったデス!』なんて感想もくれる。ホントいい奴だ。


 さて今日のメニューは特製のホワイトシチュー。

 いつも以上に気合の入った一品だった。


 だが、平九郎は珍しいことにスプーンにも手を付けず、その両手は膝の上に乗ったままだった。しかもなんだか泣きそうな顔をしてじっとシチューを見つめている。


 まぁこれまで何度か一緒にご飯を食べてきて、彼の好みも大体は把握していたつもりだった。特に今日は寒かったから、体の温まるものをと考えて用意したのだ。


(ということは……牛乳が苦手だったのか)

 なんだか微妙な空気がわたしたちの間に流れている。

 ボタンを掛け違えたような、しっくりこない違和感だ。


 まぁ大人になってもやっぱり苦手な食べ物はあるものだ。

 だからこそ食べたくない気持ちもよくわかる。


「……オレもさ、昔は牛乳が苦手だったんだよね。ついで言うとレバーとグリンピースは今も苦手」


 オレの言葉に平九郎はキョトンとした顔で見つめ返してくる。


「まぁ苦手な食べ物なんて誰にだってあるさ。無理する必要はないと思うよ。でもね、ちょっと食べてみたらどうかな?」


 そう。同時に食べてみてほしいという気持ちがある。人の味覚は食べたものによって変化していくものだからだ。昔は苦手だったものでも、食べた料理によって好物に変わることだってあるのだ。

 オレにとってはこのホワイトシチューがそれだったのだ。


 ちょっと強引だったかな? まだ知り合ったばかり。まして相手は子供。たぶんそうだと思う。でも、これをきっかけに牛乳を使ったたくさんの料理が大好物になるかもしれない。


「元牛乳嫌いのオレが開発したとっておきなんだ。味見だけしてみなよ。やっぱり苦手だったら残していいからさ」


 ニッと笑ってそう言うと、覚悟を決めたのかツレは神妙な面持ちでうなずいた。


「で、では、いただきマス」


 それから慎重に、おっかなびっくり、スプーンの先をシチューにひたした……


 ⇒ to be continued

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