シチューと苦手料理 後半

 ボクは牛乳があまり好きじゃない。というかキライだ。

 なんかあの独特のにおいが苦手なのだ。それによくお腹をこわしちゃうし。


 だがカラス天狗族のダンシとして、このまま一口も食べないわけにはいかなかった。だってセキカワさんがボクのために作ってくれたのだから。


(……それに関川さん、ダメなら残してもいいって言ってくれた!)


 トモカ姉さんなら絶対そんなことは言わない。

 全部食べ終わるまで許してくれないんだから。


(……よし、食べるぞ! いや、飲むぞ!)


 ズズーッと一口。ちょっと熱い。

 ん? おかしいな。フーっと冷ましてもう一口。 


「あれ?」


 なんか思ってたのと違った。優しくてまろやかで、なんかいい香りがする!

 なんかボクの舌がおかしいのかな?


 今度は鶏肉と合わせて食べてみた……ホロホロっと噛んでもいないのにくずれる柔らかさ! そこに絡む熱々のスープの濃厚なおいしさ! ジャガイモは? うわ、やっぱりトロトロだ! 玉ねぎは……あまーいっ! でもやっぱりスープだ! このスープが暖かくて、おいしい味がたっぷり詰まってて、すごくいい香りがした!


 なにコレ? コレが本当に牛乳のスープなの?

 ああ、ダメだ。止まんないや。もう一口スープ。やっぱりおいしい!


「どうだ? うまいか?」

 そういう関川さんはなんだか心配そうだ。


「す、す、すごくおいしいデス!」


「そいつは良かった。決め手は濃い目に作ったコンソメとオリジナルスパイスなんだ。分かりづらいけどさ。なぁ、シチューって美味いもんだろ?」

「ハイ! こんな美味しいの初めてデス! でも……」


「でも、なんだ?」

「たぶんセキカワさんのつくったシチューだからデス。ほかの人のシチューはやっぱり食べられないかも……」


「なんだよ、可愛いこと言ってくれるじゃねぇか!」

 関川さんはニッと笑ってボクの頭をくしゃくしゃっと撫でた。


「それに、えらかったぜ。苦手なものを食べるのには勇気がいるからな。さすがカラス天狗族だけのことはある!」


 褒められてなんだかすごくうれしかったし、スープをちゃんと美味しく飲めてよかったと思った。


「ところでさ、平九郎?」

「ハイ、なんでしょう?」


「お前の断食の修行って、いつから始まんの?」

「桜が咲くころに始まる予定なんです。その時が来たら、黒須山のトモカ姉さんが迎えに来ることになってマス」


「てことは三か月くらいか。よし、それまでの間、たっぷり美味いもん食わしてやるからな。て、平九郎、姉さんがいるのか?」

「ハイ。すごくおっかない姉さんが一人と、愛宕山から逃げちゃった変わり者の兄が一人いました」


「へぇぇ。なんか面白いもんだな、カラス天狗の世界って」

「そうでもないです。人間の家庭と一緒ですよ」


 そう。カラス天狗の世界も人の世界もあまり変わりはないのだ。

 ただ人の世界は食べ物はすごくおいしい。

 ボクはセキカワさんと暮らして、初めてそれを知った。


 ~終わり~




 

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