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「笑っていた____?」

 ジェームズはさっぱり訳が分からなかった。死ぬ間際に笑顔でいられるのは、怪しい宗教団体の信者か、拳銃で脳幹を貫かれるほどの即死かだけだ。ジェームズ的には前者のほうが気に入った。

「その被害者、変な宗教団体に入っていなかったか」

「どの宗教を変だとおっしゃるのか知りませんですけど、被害者はどちらもプロテスタントです。ちなみに私もプロテスタントです」

「別にプロテスタントが怪しいなんて言ってない。僕は邪神を祀ったりしているところを指したんだ」

 ジェームズは慌て訂正した。エマの眉間にはおなじみのシワがあった。

「君、ところで何歳だ?」

 彼女は警戒心を隠そうとせずに口を開く。

「29ですけど」

「エマ、間違いないなく君は40歳には90歳のシワの量になるぞ。たまには笑ってみたらどうだ。ほら」

 笑って見せたのが、非情なことに彼女は目をチラッと向けただけであしらった。彼女とは正反対にロンドンは相変わらず暑かった。

「それで、依頼を引き受けてくださいますか。伯母はティファニー社の社長なので、これ以上死なれると会社の評判と技術的に厳しいらしいです。最初は総務部リーダー。次にアプローチ部のリーダー。伯母が一番困るのは技術リーダーが殺されることなんですって。個人個人に思い入れはないもののですね。色々問題で」

「名前は?」

「グレースです。グレース・ティファニー」

「親戚関係だとはな」

「前にも何度か言いましたが。その度に、『へぇ、そうだったのかい。初耳だね』と返してくださったのをよーく覚えています」

 ジェームズは、なるべくすまなさそうな顔を作った。ティファニー社というと、長く続く有名なアプリ開発メーカーだ。検索エンジンからコンピューターゲームまで様々なものを手がけている。MI6と取引してるとかしてないとか……。とにかくそんな大企業の各部門リーダーが殺されると、大騒ぎになるし、経営的に心配する伯母の気持ちも分かる。しかし、ジェームズはそんなニュースを見たことが無かった。

「そんなニュース、やってたか?」

「放送されてません。大企業の権力とやらで。でもバレるのは時間の問題しょうし、伯母も限界だと考えているようです。政府も捜索に乗り出しているのですが、いっこうに痕跡がないそうです。だから、あなたに。私が探偵事務所に勤めていると話したら、食いついてきました。よっぽど切羽詰まっているんでしょうね」

 政府の捜索すらくぐるとはよっぽど凄腕の犯人だ。一度話してみたい、とジェームズはのんきに考える。それを見抜いたかのようにエマがビシッと言った。

「その犯人を見つけてくださいね。あなたが!」

「……エマ。そんな小説みたいに上手くいくわけないだろ?そんなのは政府に任しときゃいい。きっとそのうち見つかるだろうよ」

「政府には政府の見解が。ヘボ探偵にはヘボ探偵なりの見解が。ヘボにしか見つけられない何かがあるでしょう」

 ヘボ?ジェームズはボソリとつぶやいた。自分のアシスタントに「ヘボ」呼ばわりされる日がくるとは夢にも思っていなかった。ジェームズの心境に反して、エマの顔は「んだから仕事しろ!」と雄弁に語っている。嘘だろ?そうとしか言いようが無かった。



 ジェームズは結局エマの押しの強さに負けて依頼を引き受けた(決して報酬の高さに釣られたのではない!)。ティファニー社はロンドンのランベス区にあり、そびえ立つガラス張りの高層ビルは、曇りの中でも太陽の光がギラギラと反射しているかのように威厳があった。そばに流れるテムズ川も濁ってはいるがなお、貫禄かんろくかもし出し人々を圧倒させた。天すら貫いてしまうようなビルで働いていては、天国に行ってしまっても無理はない。だって、天国に行くためにはあと一段階段を上れば済むくらいの高層ビルなのだから!ジェームズがそう考えているうちにエレベーターのパネルは72階を示し、扉が開いた。ちなみに、エレベーターも壁から天井、床に至ってまでガラス張りだったので高所恐怖症の人は残念ながらお勤めはできない。カツカツカツ、と向こうから女性が2人やってきた。後ろの人は秘書だろうか。人は第一印象が肝心なので、ジェームズは大きな声で挨拶をする。

「こんにちは、ティファニーさん。探偵のジェームズ・バロウスです」

 隣にいたエマがブフッと吹き出した。それが合図であったかのように、フロアに笑いが広がる。どうやら状況を理解していないのはジェームズだけのようであった。

「違うわ、ジェームズ」

 エマが腹筋を撫でながら言った。

「この人は伯母の秘書のプリストリーさん。後ろの人が新人秘書のサランダースさん。ここには、伯母はいないわ」

 たちまちジェームズの耳に熱がほとばしり、マグマのようになった。

「申し訳ない」

「いえいえ。ご紹介いただきましたように、グレースさんの秘書をやっています、カミラ・プリストリーです。グレースさんはさらに13階上の85階にいらしゃいます」

 カミラの後をついていき再びエレベーターに乗り込んだ。下を見ると仄暗ほのぐらいアスファルトと剥き出しのコンクリートが見えた。やはり向かいにはテムズ川があり、囁くように断末魔を叫んでいる。雨が上がっても押しつぶされるような雨雲は去らず、今日も並んでいた。エレベーターを降り、豪華なカーペットに足をおろす。秘書がこれまた派手な扉をたたき、しばらく待った。

「入って」

 中には、スッと鼻筋の通った綺麗な女性がいた。もちろん50代だろうが、若い頃の面影を失っていない。

「こんにちは。探偵のジェーム……」

「知ってるわ。バロウスさん、あなたには姪から伝わっているでしょうけど、リーダー達が死んだ事件について調査してほしいの。どう見ても他殺。いい?」

「ええ。もちろん」

「あと、4人よ」

「はい?」

「私が殺されるまでの残り時間」

「そんなことは…」

「4人殺されれば、私の番。あと4人…………」

 そうつぶやくグレースの瞳には、恐怖と不思議な炎が渦巻いていた。

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私立探偵ジェームズ・バロウス 神の審判 神翠 椿 @AthenaSwan

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