真っ直ぐに捉えて

 璃子は高校生になった。

 大学進学のことを考えて、地元では真面目で有名な女子高に進んだ。


 岡田くんは隣の男子高に進学した。

 璃子と岡田くんは毎朝、一緒に電車で通学している。


 卓球も何だかんだ続けていた。


 女子高は璃子にとって気楽だった。

 人目を気にしすぎる璃子だったが、璃子は自分で男子のみが対象になるのだと薄々気づき始めていたから。

 誰にも言っていなかったが、それが女子高を選んだ理由の一つでもあった。


 相変わらずはしゃいぐのは好きだったが、無理をしすぎることはなかった。


 卓球部の練習場所は旧校舎だったが、更衣室は体育館裏だった。

 板一枚で仕切られていて、隣はバスケ部が使っている。


 璃子はその更衣室が好きだった。

 みんな思い思いの物を持ち込み、漫画や机などもあったため、時間を潰すには持って来いの場所だった。

 先輩と昼休みに一緒に弁当を食べることもあり、テスト期間もよく通っていた。


 今日もいつも通り体育館脇の入り口から更衣室に向かおうとした。

 しかし、いつも空いている鍵が閉まっており、入ることが出来なかった。


 体育館の中からはバスケットボールの弾む音が聞こえる。

 璃子はドアノブをガチャガチャ回してみた。しかし、ボールの音は止まない。


 今度は扉をバンバンと叩いてみた。すると、ボールの音が止まった。


 そして、少し経った後、扉が開いた。


「すみません、ありがとうございます。」


 璃子はその鍵を開けてくれた人に礼を言って、顔を上げた。

 いかにもバスケ部という格好をしたその人は璃子の顔を見て、軽く会釈をし、そのまま練習に戻った。

 完全に無表情ではあったが、璃子はその一瞬で射抜かれたのだった。


 相手は女子!そうわかっているのに、すごくドキドキした。

 岡田くんと一緒にいても感じたことのないほどのドキドキ。ごめん、岡田くん。

 璃子は心の中で岡田くんに謝った。


 すでに3年生は引退している時期。同じ学年では見たことがないため、きっと2年生だろう。


 更衣室で着替ながら、璃子は先輩が来るのを今か今かと待っていた。


「おつかれー。」


 2年の真希先輩がやってきた。部内では璃子と一番仲の良い先輩である。

 璃子はさっき起きたことを真希先輩に話した。


「あー、要ちゃんのことか。かっこいいよね。クラスでも人気だよ。」


 要先輩っていうのか。名前まで素敵だな。


 璃子はその日を境に帰りのホームルームが終わるや否や体育館にダッシュで行くようになった。

 また体育館の鍵が閉まっていることを祈りながら。


 あの真っ直ぐな瞳でもう一度捉えてほしかったから。


 けれど、夏が近づいてきたこともあり、ドアが閉まっていることはしばらくなかった。


 璃子の放課後ダッシュもだんだん減ってきた。今日も暑いからきっとドア全開だろうな。

 そんなことを思いながら階段を下りていると

「璃子、おつかれ。」

 後ろから真希先輩が来た。


「真希先輩、おつかれさまです。」


「暑いねー。部活始まる前から汗だくだよー。」


 汗っかきの真希先輩はおでこに張り付いた前髪をハンカチで拭きながら笑う。


 すると誰かが階段を上ってきた。バスケ部のユニフォーム。あれは要先輩だ!


「要ちゃん、おつかれー。」


 真希先輩が手を振ると、それに気づいた要先輩が手を小さく上げて


「おう、真希。おつかれ。」と言った。


 笑顔ではなかったが、とても精悍な顔付きだった。


 そして、隣にいる璃子に目をやった。


 急に目が合って、心の準備が出来ていなかった璃子は


「おつかれさまです。」と小さな声で挨拶するので精一杯だった。


 そんな璃子を見た要先輩は小さく笑った。


 璃子はその一瞬を見逃さなかった。


 そして脳裏で何度もシャッターを切った。ああ、ありがとうございます。誰に向けてのものかわからない感謝をしながら。



 璃子は久しぶりに体の内側から体温が上がるのを感じた。

 それから少しだけ岡田くんへ罪悪感を覚えたのであった。







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その瞳に映して @meeeee0525

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