目をそらして

 中学2年生、璃子に初めての彼氏が出来た。

 相手は同じクラスの野球部の岡田くん。


 学級委員を一緒にやったことがきっかけでよく話すようになった。

 学年の学級委員会が終わった後、二人でプリントの整理をしている時に告白された。


 璃子は岡田くんのことを恋愛対象として見ていたわけではなかったが、恋というものに憧れていたこともあってOKをした。


 岡田くんが「よっしゃー!」と叫んだのを覚えている。


 付き合う前は饒舌だった岡田くんだが、付き合い出してからは時々黙り込むようになった。


 左利きだった璃子は部活見学をした際に先輩に言われた「左利きは活躍できるよ!」という甘い誘惑にまんまと乗っかり、卓球部に所属していた。


 卓球部の練習は野球部より早く終わる。

 そのため、部活が終わった後、璃子は教室で岡田くんをいつも待っていた。


「お待たせ。」


 だんだん蒸し暑くなってきた6月。汗がほとんど引いていない状態の岡田くんがやってきた。

 男の子という感じの匂いと制汗剤の匂いが混ざって、岡田くんからはいかにも夏!という感じの匂いがしていた。


「おつかれ。」


「暑いからアイス買って帰ろうぜ。」


 岡田くんは下敷きで仰ぎながら言う。


「そうだね。」


 二人で学校裏にある駄菓子屋さんに寄った。

 お年寄りの夫婦が二人で営んでいるこの駄菓子屋さんは学校から見ると影になっていることもあり、買い食いが禁止されている部活の子も密かに通う穴場スポットだ。


 今日は帰りが少し遅くなったこともあり、ほかの生徒はいなかった。

 二人で棒アイスを1本買った。岡田くんはそれをポキッと半分に折って璃子に渡した。


「ありがとう。」


「どっか座ろう。」


 車通りの少ないガードレールに浅く腰かけた。


 アイスを食べている間に岡田くんはだんだん大人しくなっていた。


 食べ終わったアイスの殻をギュッと握って何かを考え込んでいるようだ。


 そして、意を決したように璃子のほうに向き直った。


「璃子、良い?」


「何が?」璃子は最初何のことだかわからなかった。


 しかし、岡田くんの視線が自分の唇を捉えていることに気づき、黙ってうなずいた。


 そして岡田くんの唇が璃子の唇にほんの少しだけ触れた。


 これがキスか!ついにしちゃった。璃子は岡田くんのほうを見た。岡田くんと一瞬だけ目があったが、すぐにそらされた。


 璃子は不思議な感覚に包まれた。

 あれほど自分を見てほしいと思っていたのに、いまこの瞬間は目をそらされたことが嬉しかったのだから。


 帰り道、岡田くんはほとんど璃子のほうを見なかった。

 理由に何となく心当たりのある璃子にとってはかえって嬉しかった。

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