11 許される世界?


 僕は素直に驚いた。ディストピポイントなんて懲役20年かそこらつけばいいところなのに初犯で600年も食らったらしい。一体、美香さんは何をしたというのか…。


「また私の話してたでしょ?」


「あ、いえ。そんなことはありませんよ」


「いいよ、私の罪知りたいでしょ? 教えてア・ゲ・ル…」


 急にぐいぐい迫ってくる美香さん。聞いた話では、国家(こっか)反逆(はんぎゃく)、冒涜(ぼうとく)、転覆、スパイ、外患(がいかん)誘致(ゆうち)、などなど罪が目白押しするような美香さんの過去。気になるけど、今の僕にこの真理(しんり)の扉(とびら)を開く勇気はなかった。


 なのに、八尋は空気を読まずぺらぺらしゃべりだす。


「美香は、シジノードとシジディアのBLを…」


「いえ、今の僕にはすべてを知る勇気はありません! ごめんなさい!」


 と言って僕は駆け出して逃げるのだった。




 慌(あわ)てて走って店と店の隙間に身を隠す僕。そこがほぼ完全に真っ暗だった。だから誰かいることに気づいていなかった。


「ん? 誰や?」


 暗闇で誰かに足がぶつかる。


「ごめんなさい」


 もぞもぞとうごめく深淵(しんえん)の住人。


「自分、見ぃひん顔やな。新入りか?」


 彼の名前はケンジという。僕とそれほど年齢は変わらないけれど、しゃべり方は何というかおじさんくさいところがある。そんな彼に、僕はいろいろ聞かれたので、今までのことを話した。


「ほーん。で、その女子のボインは大きいんか?」


「ボインって?」


 ケンジはジェスチャーで胸のところの膨らみを表現した。そこから僕はあの部分を一発で想像できた。


「これくらいでした」


 僕はケンジを真似てハルちゃんの胸のふくらみをジェスチャーで表現する。


「ほほう…」


 その後ケンジは体のあちこちの特徴についてジェスチャーで質問してきたので、僕も触った感じからこれくらいだとジェスチャーで答えた。


「なんや、やったらエロそうな女子やな!」


 エロ。言葉は知らないけれど、それがハルちゃんを形容する言葉だと知る。


「そんなエロい女子が届くんなら、ワイもコンテナでじっとしとればよかった」


「えっ、どういうことですか?」


「何でもない。そんな一度会ったら忘れられないような美女、一度でいいから拝んでみたいもんや」


 ケンジはため息交じりに語る。


「もし探すなら手伝うで!」


 願ってもいないことである。この場所で右も左もわからない僕にとっては大きな手助けになるに違いない。


「ありがとうございます。でも、ミッションとかは大丈夫ですか?」


「構(かま)へん。ワイは無職やしな。なんかせんと落ち着かんから付き合うてやるってだけの話や」


 無職。完全管理社会に仕事のない人は存在しえない。仕事がない人民の存在はシジディアに許されないのだから。


「ここでは仕事しなくても怒られないんですか?」


「まぁ、自分の食い扶持(ぶち)くらいは仕事しとるで。ワイは最低限仕事してあとは自由にしているほうが好きやねん」


 仕事しなくても懲罰(ちょうばつ)のない世界なんてまるで夢のようではないか。自由主義ってもしかしてすごい?!


「ただ、金持ちにはならんし尊敬(そんけい)されへんけどな」


「お金持ち?」


「なんや、そっから説明要るんか…」


 ケンジは、自由主義の基本はお金で感謝の気持ちを表すことだという。要するに誰かに感謝されるようなことすれば報酬がもらえるってシステムである。お金はいろんなものと交換できる。つまり、ディストピランドで禁止されている私有財産というやつである。


「それにな、金持ちの男は女が寄ってくるで」


「僕がお金持ちならハルちゃんも喜ぶってこと?」


「あぁ、喜ばへん女はおらん」


 それからというもの僕はケンジの説明を真面目に聞くようになった。


「まぁ、誰が何に喜ぶかってのは自分で探さないとあかんけどな。自由は仕事も自分で見つけるんや」


「仕事も自分で探す…なんだか、難しそう」


 仕事を探したことのない僕には何をすればいいのか全然わからなかった。でも、そんな僕の背中をケンジは押してくれた。


「自分には、立派にやることあるやないか」


 僕がするべきことはただ一つである。


「はい、ハルちゃんを探さないといけません」


「まぁ、君とワイしか得しないから仲間集めるのは苦労するで。最悪は金払ぅてついてきてもらわなあかんし」


「えっ! そうなの?」


 自由主義は報酬(ほうしゅう)をどの程度支払うかどうかはお互いが得る利益で判断する。ハルちゃんを助けることにメリットがある人は少ない。だから、一緒に探す人のための代価(だいか)を用意しなければならないのだ。なんだかやっぱり難しそう…。シジディアにあれこれ言われていたほうが楽だったかもしれない。


「えっと、ケンジには何を払えばいいの?」


「ワイはそのハルって女子を拝んでみたいだけや。その代わり絶世の美女じゃなかったら怒るで!」


 しかし、報酬の形は人それぞれ。どんな動機で一緒についてきてくれるかは粘り強く交渉するしかないのだ。


「それで、ハルちゃん助けるにはどうすべきですか?」


「そんなん自分で考えるんや」


 と、厳しいこと言いつつどうすべきか教えてくれるケンジは優しい人。シジディアとは大違いである。ケンジは大切なことは2つの重要なことを語る。まず一つは、ハルちゃんがどの方向に連れ去られたか正確な位置を知ること。


「ワイの憶測ではシジノードの住む屋敷(やしき)にいるはずや。その確証を探すんや」


 もう一つは、この広いディストピランドを道案内できる仲間を見つけることである。


「道案内なら、お前さんが一緒に来た美香や八尋ができるで。このランド探検(たんけん)のプロやからな」


「はい、頼んでみますね」


「ただ、あいつらはあいつらで目的があるから、頼むときはよく考えるんやで」

  

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