12 美香と八尋の冒険


 美香と八尋はこころよく僕のお願いを聞いてくれた。これで、ハルちゃんをさがしに行ける。


「ハルちゃんどんな子なんだろう!」


「旅のついでに食料の調達方法とかも教えてあげるよ。そうすれば集落で仕事が手伝えるようになるし」


 思っていたよりもあっさりと承諾しょうだくをもらえた。美香と八尋は定期的にこのディストピランドを探索たんさくする冒険家ぼうけんかだという。


「僕たちは、自由主義時代に隠された遺産を探してみんなに届けているんだ」


「遺産って?」


「そうね、今は『お宝』とだけ言っておきましょうか」


 僕の質問に対して、もったいぶる美香さん。そう言われるとなんだかとても気になる。


「美香が探しているのは漫画まんがとか映画やアニメーションフィルムだね」


 一方で八尋は結論をすぐに言ってくれた。しかし、それを聞いてますます頭にクエッションマークの付く僕であった。「漫画」や「映画」そんな言葉自体僕はシジディアから教わっていない。一体どんなものなのか?


「見たほうが早いでしょ?」


 ということで、美香はいくつかの平たい円筒形の缶(クッキー缶みたいなやつ)を持ってくる。その中にはマイクロフィルムと呼ばれる細く黒い帯状のテープが入っていた。


「これは?」


「漫画よ」


 シジディアはかつて「それら」を自由主義に蔓延はびこるアヘンと読んでいた。漫画・アニメ・映画・書籍・あるいは動画サイトもメディアも、現代文化は全部「それら」に含まれる。だから、シジディアそれら文化をすべて抹消しようとした。最近では言葉さえも使用禁止にして存在そのものを完全に消し去ろうとしていたのだ。


「電子情報はシジディアが全部消しちゃったけどね、こういうアナログなものはまだ残ってるの」


 美香は特殊なペンライトを持ち出し先端のレールにフィルムをセットしてコンクリートの壁に向ける。すると文字の書きこまれた絵が映るようだった。


「ちょっと明るいかな。暗幕あんまく降ろしてくれる?」


 八尋が暗幕を降ろすと、部屋が真っ暗になり、ぼんやりと光っていた絵が鮮明せんめいになる。


「これが、漫画ってやつ」


 僕はその漫画の最初のページから、引き込まれてしまった。


「ちょっ、なんて漫画を見せるんだ!」


「は? 純粋男子にはエロい漫画のほうが手っ取り早いでしょうが!」


 映し出される曲線美、話の展開はぼんやりとしか覚えていないが、ドジな主人公が引き起こすトラブルによってたくさん登場する女の子がいろんな目に合うという、男の子がムフフする展開の漫画だそうだ。


「そ、その、僕も美香たちのこと手伝いたいです!」


「うん、正直な男の子は好きだぞ!」


 美香は僕の肩をバシバシたたく。この状況で八尋だけが恥ずかしそうな顔をするのだった。


 要するに美香たちの仕事は、シジディアの検閲けんえつを逃れるためディストピランドのどこかに隠された「お宝」を見つけ出しマイクロフィルムに記録して持って帰ってくることである。そのために各所を探索たんさくして隠れ営業をしていた漫画まんが喫茶きっさ本屋ほんやを探すのだ。電子情報はすべて検閲けんえつされてしまいなくなってしまったが、たとえ無謬むびゅうの存在シジディアといえども、隠された紙の本を簡単には駆逐くちくできない。


「それが、ディストピランドをべるシジディアの限界だよ」


 なんと、シジディアには限界があった。彼女たちはそんなシジディアに挑戦する存在なのである。僕の心の中の何かが壊れた気がした。完璧なんて存在しない。だからこそ、人は真理を探すのだ。美香が手にするフィルムはこのディストピアの綻びであって、僕たちはこの世界の秘密に手をかけて中をのぞいているのである。


 僕の興奮や胸の高鳴りはきっとこういう気持ちのたかぶりが原因なのかもしれない!


「そんなことをエロ漫画と共に説明するんなんて…」


 美香の素晴らしい話に水を差すような八尋のつぶやきが、かすかに聞こえた気がした。


「それで、レイ君。ついでなんだけどさ」


 美香は好きなお菓子の話でも持ちかけるような軽い雰囲気で話題を切り替える。


「君はこのディストピランドを脱出して自由の国に亡命したいとは思わないかい?」


 しかし、その話は僕でもそんな気軽にこたえられないことだと分かった。

  

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