第33話 盗賊

「ありがとよー!旅の無事を祈ってるぜー!」二頭の馬を連れた商隊はトーマにそう言って、イルゴル王国へ向かって歩いて行った。トーマは「またなー!」と言って手を振る。


「さて。盗賊の皆さん。邪魔して悪かったな。っと、謝るのも違うか」トーマは縄で繋がれた盗賊たちの前にしゃがんで話しかける。

「貴様、何者だ?人間がなぜ、ゴブリンやオーク共を助ける?」と、口を開いたのは剣を構えて商隊を襲っていた人間の一人だ。顔や腕に沢山の古い傷跡を持った男だ。

「そりゃま、まっとうに生きてるヤツを助けたくなるのが人情ってもんじゃない。奪おうとしているヤツと、奪われまいと応戦しているヤツなら、奪われまいと頑張ってる方に肩入れしちゃうよね」と言いながら、トーマは盗賊の面々を観察する。

「変わったヤツだ。人間族のくせに」その男は続けて喋る。

「人間族のくせに、か。そうだよね。オレもまぁ、十日程前なら同じように思っていたのかも知れないなー。ところで、あんたがこの八人の中のリーダー、頭目ということでいいのかな?」トーマはその男に尋ねる。

「そうだ」男は答える。

「あんたらも個性豊かな集団じゃないか。人間族に、獣人族、なのか? そして、たぶん、エルフ族だよな」トーマは繋がれている者達を一人一人見ながらそう話す。

 森からの射手は四人とも、金髪に長い耳をもった人間に近い風貌であったし、近接戦闘に加わっていた剣の使い手の一人も同様の特徴を持っていた。

「そのとおり、見たままに、人間、エルフ、ワーウルフだが、なんだ? 貴様のそのよく分からないといった喋り方は。エルフもワーウルフも見た事がないみたいな口ぶりだな。なんなんだ、てめぇは」頭目が吼えるようにトーマに言う。

「んー。話すと長くなるしなー。そろそろ日も暮れそうだし。とりあえず、あんたらが再度あの商隊を襲わないようにと足止めがてら話してたんだけど、オレもゆっくりはしてられないからなー」と、言いながらトーマは立ち上がる。

「襲うも何も、武器の類は全部アイツらに持っていかれたじゃねーか。襲えねーよ! ったく、チクショウ、大損じゃねーか。てめえのせいで」頭目はトーマを睨みながら吐き捨てるように言う。盗賊の仲間たちも頭目の言葉に皆頷いている。射手の四人は今も寝たままでいるが。

「まー。何をやるにもリスクってついてまわるもんだしさ。大怪我したり、死ななかっただけ良かったと思いなよ。商隊の中には深く矢が刺さった人もいたじゃない?慰謝料がわり、彼らがもう一度襲われない為にも、武器没収くらいは仕方がないさ」と言いながら、トーマは商隊が行った方とは反対方向に目を向けた。

「ちょっと、待ってくれ。せめて縄を解いていってくれよ。頼むよ!このままじゃ、森の中の獣や魔獣にやられちまう!」頭目は叫んだ。

「うん。オレはそんなに酷い男じゃないよ。でも、そんなにお人好しでもない。だから、ここにこの鎌を置いておくね。八人揃って尻でにじり寄ればすぐに取れるよ。で、あんたらが縄を解いている間にオレはこの道を進むよ」そう言いながら、トーマは地面に鎌を置き、商隊から譲り受けた布の袋を肩に担いだ。中には水と食料といくつかの物資、そして少しの通貨が入っている。

「そんじゃ、元気でね!」トーマは片手を上げてそう言い、町に向けて走り出した。

 後ろからは「起きねえか!てめえら!」という頭目の怒号が聞こえてくる。


「んー。夜中にこれ以上進むのはちょっとやめておいた方がいいかな」トーマは呟く。両脇に木々が生い茂る街道はもう随分暗い。トーマは袋の中からマントを出して羽織り、街道から森に入った。そして、街道が観察できるくらいの、街道からはすぐには見つからないであろう木に登り、太い枝の付け根の座り心地の良い場所を探し、そこに座った。胸に忍ばせておいた干し肉を齧る。「魔獣の肉も悪くなかったけど、香辛料が欲しかったよな。ネフト王国までの旅路がどれくらいの長さになるのか分からないけど、この地図の町についたら、塩と胡椒と、なんらかの香草を手にいれたいな」と独り言を言った。


 月明かりが森の中に濃い影を落としている。どこかから聞こえてくる夜行性の猛禽類の鳴き声、小動物が薮の中を動いている音。闇と月明かりの境目には、森に生きる様々な生命の息づかいがかすかに、しかし、常にどこかにある。トーマは木の上に座って腕を組んで目を閉じている。ピクリ、と、トーマの眉が動く。トーマは静かに目を開ける。

「おにーさん。さっきのおにーさん。この辺にいるんでしょう?」木の下から囁くような声がしている。トーマは衣擦れの音を立てないように慎重に身構える。マントの下の小太刀を手探りで確かめる。トーマは小太刀を抜き、ゆっくりと木の根元に目を向ける。一つの影がトーマがいる木の下で動いている。動いている影は一つ。その影はまだトーマの正確な位置は把握していないようだ。周りに他の気配がないか、トーマは耳を澄ます。


「おにーさん。おにーさんって!ちょっと出てきてくれよぉ」囁くようなその声は明らかにトーマに向かって話している。と、その声の主の喉元に小太刀がぬらりと現れた。その刃は月明かりで鈍く光る。「動くな。誰だ」その影の後ろに音もなく現れたのはトーマだ。その影はゆっくりと両手を上げる。「ちょっと待って!アタシは丸腰だから!武器なんて持ってないから!武器はさっきおにーさん達に没収されたでしょう?」月明かりがその影の顔を照らす。

「さっきはスミマセンでした!」獣の耳を寝かせてそう言った声の主の顔がトーマの目に入ってくる。

「誰だ、オマエ?」トーマは言う。

 トーマに見せたその顔は、若い人間の女に見えた。ただし、高い位置にあるその耳は獣のそれにしか見えない。そして、それは、トーマにとって見覚えのない顔だった。

「あ、アタシ、さっきのワーウルフ。ワーウルフのトキって言います。ちょっと話を聞いてくださいよ!敵意はないので、コレ、しまってくださいよぉ」トキと名乗ったその女は甘えたような口ぶりでそう言った。

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