第32話 助太刀

 しばし呆然と立っていたトーマだが、「ま、しょうがねぇ。今のオレに出来る事はなんだ。今、オレが持っているモノはなんだ?」と、気持ちをすぐに切り替えた。

「手荷物は地面に置いていたからアイツらと一緒に行ってしまったし。あるのは小太刀と鎌と鉈と、干し肉が少しとひょうたん……このちっこい水筒と、あぁ、地図があるな。地図があるのはラッキーと思うべきか」

 生まれ持った才なのか、ニンジャとしてこの世界に来たからなのか、トーマは仲間の中でも随一の空間把握能力を有していた。街や建物の構造はすぐに理解できたし、道に迷う事は一度も無かった。

「さて、まずは街道に出てみるか」そう言って迷いなく森の中を歩き始めた。


「ひとりぼっちってのは寂しいもんだなー。心細いし、昼間なのに静かだし、人の気配はないし、なにかの気配を感じたら、身構えなきゃなんねーし」トーマは独り言をつぶやきながら森の中を進む。七人で進んでいた時には常にあった仲間の声や息づかいがなくなった事で、自然と独り言が増えた。それは自身を鼓舞する意味もあるのだろう。だが、独り言をつぶやく事で、孤独を一層自覚する事にもなる。「誰かいねーかなー。もう、こうなりゃ盗賊でもいいから出てきてくれよ」トーマはそんな弱音を吐く。


 しばらく歩くと街道に出た。日はまだ高い。正午にもまだ至っていないだろう。トーマは地図を出し、太陽の方向と自身の影を見、進むべき方向を見定める。

「こっちだな」そう言ってトーマは街道を歩き始めた。地図上の街道には交差する線がいくつか描かれている。「この線は交差している道なのか、それとも川なのか。……意味のない線って事もあるなぁ。当初目指していたこの町まではあとどれくらいなんだろ?とりあえず、イルゴル王国に戻るよりはこの町の方が近いはずだけどな」トーマは胸に地図をしまう。街道沿いに鬱蒼と茂っている木々を観察しながら歩みを進める。『水分と栄養を補給できそうな果実でも見つけられたら助かる』とトーマは思っている。


「そう言えば、ゴローはイルゴル王国に侵攻を繰り返した好戦的な奴らがいるかも知れないなんて言っていたよな。頼むぜー、ゴロー。予想、外してくれよー」とトーマが独り言を言った時、前方からワッと十数人の声が上がった。真っすぐではないこの道の、トーマから見えないところから、雄たけびや怒号、硬い金属音や何かが倒れるような音が聞こえてくる。『なんだ? この先で戦闘が起こっているのか?』トーマはすぐに街道から森に入り、音の聞こえてくる方に身をかがめながら近寄って行く。


 街道の真ん中には二頭の馬。その背の両脇には大きな荷物がバランスをとって括られている。その二頭の馬を守るように、二人のゴブリン、二人のオーク、二人のリザードマンがそれぞれ盾と武器を構えて立っている。馬の手綱を握って二頭の間に立っているのは人間か?いや、頭に角があり、腰には羽が見える。

 彼らに向かって森の中から矢が射られている。馬を守っている戦士の肩や腿に幾本かの矢が刺さっている。


「合成、睡眠香」トーマは近くにあった草木を適当に引きちぎり、手のひらの中に小さな立方体を生む。そしてすぐに、矢を射かけている森の中の者たちに向けてソイツを弾く。そしてすぐに街道へ出て、反対側の森に入る。身をかがめ音を立てないようにこちら側の射手にも近づき、睡眠香を弾き飛ばす。そしてすぐに街道へ戻り、商隊と思しき七人と馬二頭に襲い掛かっている者達に対峙する。

「なんか、よくわからないけど、助太刀するよ。そのかわり、ちょっとだけ水と食料を分けてくれよ!」トーマは商隊のゴブリンたちに向かってそう叫んだ。

「に、ニンゲン!?」ゴブリンとオークは声を上げる。

「ま、人間だけどさ。スレイさんの知り合いだって言ったら、ちょっとは信用してくれるかい?」トーマは言う。

「スレイ様の?」

「分かった、信じよう」商隊の者達はトーマとの共闘を受け入れる。


 森の中から矢は飛んでこなくなった。商隊を街道内で襲っていたのは四人。人間が二人、人間にしては妙に耳が長い者が一人、オオカミのような上半身の人型の存在が一人。

「さて、形勢逆転だね。森の中の射手はオレが眠らせて来たけど、どうだい?まだ、やるかい?」トーマは四人に向かって言う。

 四人は顔を見合わせて頷き合った。そして、武器を手放す。地面に落ちた金属音はすぐに森の木々に吸収される。

「とりあえず、森の中の仲間が気になるだろ? ま、一旦、大人しく縄に括られてよ」トーマは四人にそう言って、「あんたら、イルゴル王国の人たちでしょ?とりあえず、安全の為に彼らを縄で縛ってよ」と商隊の者達に言った。


 森の中で寝ていた者達を街道にひきずってきては先に捕らえた四人に並べ、手足を縄で縛っていく。商隊は手際よくそれを終えた。合計八人の盗賊は一列に並べられ、最後には全員が一本のロープで一つに繋がれた。そのうちの半分は未だに夢の中だ。


「さて。なんとなく、状況を見てノリであんたらに肩入れしてしまったけど、あんたらはイルゴル王国の商隊で、あの人達は盗賊、という事でよかったのかな?」トーマは聞く。商隊の面々に向かって話しかけてはいるが、全員に聞こえる大きさの声でそう言った。

「ええ。そのとおりです。助かりました。私はこの商隊の売買取引担当のヨルムと申します。イルゴル王国のアンギル族です。あなたはスレイ様をご存じだとおっしゃっていましたが、あなたはニンゲン族ですよね?」

「あぁ。オレはトーマ。人間族だ。スレイさんとはちょっとした縁があってね。……、って、アンギル族っていうのは?」

「アンギル族はアンギル族です。ゴブリン族でもなく、オーク族でもなく、リザードマン族でもなく、ニンゲン族でもない。アンギル族です。そうそう、スレイ様と同じ、と言えば親しみを持ってもらえますでしょうか?」と、ヨルムは言った。

「へー。アンギル族っていうのか」トーマはそう言いながら、スレイを頭に思い浮かべ、目の前のヨルムと名乗る男を上から下まで観察した。短い二本の角が頭の上に後方に向かって生えている。髪は白と黒のまだらで、もみあげから連なるヒゲも白と黒のまだらだ。一見すると人間の様に見えるが、ヨルムの瞳孔は横に長い。麻のような素材で編まれたジャケットを羽織り、下には白いシャツ。素っ気ない茶色のズボンの向こうにはスレイと同じような細い尻尾が見え隠れしている。

「ありがとうございました。助かりました」そう言うヨルムの後ろで、他の商隊の面々が揃って頭を下げている。

「いやいやいや、そんな大げさな。オレはただ、水と食料をちょっと分けて欲しかっただけだしさ」トーマは胸の前で大げさに手を振る。

「そうでしたね。いくらでも持って行ってください。あなたはこの商隊の恩人ですから!」と、ヨルムは言った。


「あ、そうそう。あんたらはこれからイルゴル王国に帰るんだろ? それだったら、一つ手紙を書きたいな。紙とペン、持ってる?」トーマはそう言いながら、シゲルに伝えるべき事を考え始めた。

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