第34話 トキ

 街道から離れるように、森の中を奥へ奥へとトーマは歩く。その後ろをトキがついて歩く。トーマは辺りと後ろのトキに神経を尖らせながらしばらく歩き、大きな倒木を見つけた。周辺に落ちている柴や枝を拾い集め、その倒木を背に腰を下ろす。

「そこへ座れ」トーマは自分の正面の地面を指しトキに命じた。そして手早く焚火をおこす。

「オマエがさっきのワーウルフ?」

「はい。そうなんです」

「随分早かったな。そして、よくオレを見つけたもんだ」

「アタシ、ワーウルフなもんで、鼻はいいんです」

「他の奴らはどうした?オレになにをしに来たんだ?」

「アタシはあのニンゲンに雇われただけなんでね。縄を解かれた瞬間にサイナラしてきました。報酬がもらえるアテもなくなったもんで」

「ほぉ」トーマは焚火の明かりで浮かび上がったトキの風貌を観察する。確かにさっきのワーウルフと同じ防具を装備している。商隊を襲っていたワーウルフは対になったブレストアーマーを装備していて、そのブレストアーマーは目の前のトキの乳房を包むビキニアーマーと同じものと思える。「そりゃ、報酬どころの話じゃないだろね」トーマは焚火に枝を放り込みながら言った。「でも、それはオレのところに来た理由にはならない」

「えっとですね」無理やりに作ったような笑顔を浮かべてトキは言う。「食べ物、恵んでください!お願いします!」そう言ってトキはトーマに向かって土下座した。

「は?」あっけにとられてトーマは声を出す。

「アタシ、ここんとこ、ロクなモノを食べてなくて。あんまりにも食い詰めたもんですから、ああいった輩に雇われるようなハメになったんですよ」

「あぁ、うん。そ、そうなのか」予想外のトキの申し出に、トーマは辛うじて相槌を打つ。

「今日だって成功報酬って事でしたから、もう、何も食べられるアテがないんです! お願いします! なんでもいいんで、何か恵んで下さい!」

 焚火の上をトーマの手が伸びる。その手は干し肉を持っている。

「しょーがねーな。まずはこれでも食べなよ。空腹って辛いもんな」

「ありがどうございまずー!」トキは涙と鼻水と声を同時に出して、干し肉に噛り付いた。


 商隊から譲り受けた布の袋の中からすぐに食べられそうなものを探してはトキに与えながら、トーマはトキの話を聞くとはなしに聞いていた。

「すると、五人のエルフもあの人間に雇われてたって事か」

「えぇ。アタシも詳しい事は知らないんですけど、あの人達も盗賊なんてやりたくないのに、イヤイヤやってたって感じでしたね」

「そうか」

「おにーさんはどうして一人であんなとこにいたんスか?」トキの言葉はすぐに砕けた調子になっていく。

「あの直前までは仲間と一緒に旅をしていたんだけどね」トーマはそう言いながら空を仰ぐ。『今日は色々とあり過ぎだ』と思いながら、ため息を一つつく。

「はぐれちゃったんスか?」

「はぐれた、か。そうだな。はぐれた事になるんだろな。仲間の中では一番方向オンチから遠いハズなんだけどなー」トーマはしみじみと言った。

「わかる、わかるッス。自分ではしっかりと持っている自信が、実は大した事ないってよくあるッス。よくわかるッス!」トキはうんうんと一人で頷いている。

「そういうことじゃないんだけどな」トーマは思わず笑う。

「ところでおにーさんはどこに向かってるんですか?」

「あぁ。オレが向かっているのはネフト王国の首都、ネフトリアなんだけど、とりあえずはさっきの街道の先にあるっていう町に行こうと思ってる。なんて名前だっけ、く、くーる……」トーマはしまっていた地図を開いて字を読もうとする。

「クールゲ村ッスか?案内しましょうか?アタシ、クールゲ村から来たんです」

「クールゲ村はもうだいぶ近いのか?」

「そッスね。さっきの街道まで戻って街道を行ったら、のんびり歩いて二日ってとこスかね」トキはそう言った。トーマはトキを改めてまじまじと見る。

「しかし、その耳以外は人間と変わらないな。そして、ワーウルフって、昼間人間と変わらない姿をしていて、夜になったらオオカミっぽくなるとかじゃなかったか?」

「ちょっと、どこをジロジロ見てるんですか、おにーさん!」トキはからかうように言って胸を隠すように両手を組む。「で、ワーウルフってのは、大体おにーさんが言う通りで昼間は人間で夜オオカミなんスよね。でも、アタシはなぜかそれが逆なんス」からかい調子に取り合わないトーマに対してトキは明るくそう言った。

「そうなのか。それなら、道案内を頼むよ。オレの名はトーマ。よろしくね」

 トーマは焚火に枝をくべながらさらりと言った。

「え?」トキは目を丸くしてきょとんと止まった。

 トーマは立ち上がり、纏っていたマントを脱いでトキにかけた。

「それじゃ、もう寝てしまおう。焚火が消えない程度には辺りを警戒しておくよ。トキは別に熟睡してくれてもいい」

「え?」

「それじゃあ、おやすみ」トーマは倒木に背を持たれさせ、目をつむる。

「いいんですかー!トーマさん!」トキはトーマに近寄って言う。「昼間にワーウルフの血が色濃く出てしまう、こんなアタシを雇って下さるんですか?」

「オレも金はないけどな。食い物くらいなら商隊にもらったものもあるしなんとかなるだろう。雇うっていうより、村までの同行だな」

「ありがどうございばずー!」トキはやはり涙と鼻水と声を同時に出した。

「喋り相手が欲しいとも思ってたからね。よろしくね」トーマはそう言ってほほ笑んだ。

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