13.妖精さんに出会った

 あきらの介抱をまどか達に任せ、鷹揚たかのぶは辰の門ゲートコロニーを目指していた。


 ゲートコロニーはゲート航行を行う運航施設部分と、居住部分の二つの部分から成っている。


 一つ目はゲートを接続する先と、それを実行する時刻を管理するための施設コロニーと、ゲート発生を行う機関部から成る運航施設。


 もう一つはゲート航行を差配する運営側はもちろん、航行の順番待ちをする船や航行後の入国手続き待ちの船の一時寄港と、それに関わる人員の生活と宿泊を目的とした居住コロニー群だ。


 それらはまとめてゲートコロニーと呼称されているが、ゲート航行施設と管理コロニー群と表現した方が正確である。


 冴澄さえずみ国は一つの恒星系のみの小さな国だ。

 国の領域は国際法の規定通り、恒星系の最外殻惑星の公転軌道から中心の恒星までで最も遠い場所の距離を三倍した値を半径とする球体の内側となっている。


 冴澄国はその領域内の二十二箇所にゲートコロニーを持っている。

 首都惑星の公転軌道の平面上に配置された十二箇所に十二支の名前を、それ以外の空間の十箇所に十干の呼称を当てはめている。


 それらのゲートは主に国内のゲート同士で繋がっている十二支ゲートと、国内と国外両方につながる十干ゲートに分かれる。



 現在、芙蓉国軍に占拠されているのは、この中の辰の門ゲートコロニーである。


 なぜこのような事態なったのか。


 事の始まりは、十三年前の芙蓉国の内乱終結時に冴澄国の国主代理になった冴澄かなめが行った、干支ゲートコロニー群の中から八箇所の管理を当時の有力氏族に褒賞として与えたことであろう。


 この有力氏族八家のうち四家が国主代理の留守中に反旗を翻し、そして残りの四家の内二家が日和見を決め込んでいる。


 元々の宗主国とはいえ、他国の軍を引き入れたのだから、一年や二年の計画や準備で実行されたということはないだろう。

 ゲートコロニーの管理を任されて早々に着手したはずだ。


 芙蓉国群を引き込んだのは辰の門を管理する秦野家である。

 そして秦野家に呼応した三家が加わり、何らかの手段によって辰の門ゲートに手を加えて芙蓉国とのゲートと繋いだと思われる。


 秦野家をはじめとした四家が冴澄家を裏切った理由までは、鷹揚には分からない。

 おそらくジンバは知っているのだろうが、鷹揚に言わなかったのなら、そこに何某かの理由があるのだろう。

 ——メンドクサかっただけということも考えられるが……。

 

 四家の離反の理由以外に気になるのは芙蓉国の目的である。


 芙蓉国軍が侵攻したお題目は、鷹揚がいた小惑星施設で行われている、非人道的な人体実験の告発を冴澄国の秦野家から受け、その上で危機に晒されている国民の解放を同家より依頼された為という体を取っている。


 しかし、大義名分があるとはいえ、侵攻してきた軍隊の戦力が大きすぎる。


 依頼があったとはいえ、他国への武力行使である。規模は最低限に絞るべきだ。

 マザーコアが目的であったなら、大規模侵攻を起こしてもなるほど利益は確保できるだろう。

 

 その場合、他国の技術を手に入れることを目的に武力行使を行う国がマザーコアを手に入れたことになる。

 周辺国が感じる脅威度は大きくなるだろう。

 なんにせよ大規模に武力を動かすことは悪手なのだ。


 今回のように、依頼による救出活動を謳うなら、小規模な武力による電撃作戦一択で事足りるのだ。


 目的に比べて、投入された戦力が大きすぎる。

 つまり、芙蓉国にはその先をやるつもりがある、ということだろう。



 冴澄家に世話になろうというのに、頼る先が無くなっては元も子もない。



——まずは、向こうの注意を僕に引き付けて時間稼ぎだ。


 どうせ、裏でジンバが暗躍しているのだ。せいぜい引っ掻き回してやることにする。




 それにしても回天の性能には驚きだ。


 宇宙空間を移動しているのだが、移動が実感できる程度に風景が変わる。

 夜間に乗り物に乗ったときなど、景色は移動するが星はどこまでもついてくるという経験はないだろうか?

 回天での移動ではその星が景色のレベルで動くのだ。


 それでも到着まで今日を入れて四日かかるらしい。


 円によるとジャンプ移動は航跡が残るし、ジャンプを行う前に移動先に兆候が表れるとかで、隠密行動には向かないから辰の門ゲートコロニーに向かうつもりなら、使ってはいけないと釘を刺されている。


 大人しく四日間の時間を有意義に使うこととしよう。


 さて、回天の内部には、なんと簡易な居住スペースがある。

 ベッド、トイレ、バスがまとめて一部屋になっている作りだが、コクピットでの寝起きを覚悟していた鷹揚にとっては嬉しい誤算だった。


 さすがに椅子を兼ねているとはいえ、トイレに座って食事を取る気にはなれないので、食事は回天のコクピットで取ることにきめた。

 そういえば、通路の壁にも簡易なベッドが備え付けられている。

 居住空間を利用する人数が多い場合は個室はウォータークローゼットとして機能するのだろう。


 とにかく生身では久しぶりの外泊だ。

 それも、個室での機内泊だ、否が応でもテンションが上がる。

 夕食の時間を楽しみにしつつ、鷹揚は桜花のコクピットへ移動する。


 桜花と回天間の移動についても、桜花の機体を回天に預けるようにすることで、桜花のコクピットと回天の居住区画が直接繋がるようになっていることで解決できている。

 外に出ることなく行き来できるのは本当にありがたい。


 鷹揚は夕食まで時間が半端にあるので、明日以降の三日間の計画を立てることにした。

 

 最終日については、芙蓉国軍にチョッカイをかける以外に、何かをする時間は無いだろうが、二日間はまるっと時間があるのだ。


 ここは是非、魔法や気功などのファンタジー要素溢れる件について学んでおきたいものだ。

 魔法は先ほどの戦闘で魔法陣らしきものを見ることができたし、気功についてもジンバからその存在について言質を取った。

 否が応でもテンションが上がる。


 鷹揚は湧き上がる好奇心を抑えて、明日からのファンタジーライフに向け、手持ちのデータに参考になるものがないかの確認作業に入る。


——桜花にインストールされている魔法的なデータの解析から始めようか。

「だーれだ?」


 鷹揚のヘルメットに遮光シールドがかかる。


——この声……? いや……まさか。


「……アカ姉?」

「当たり~」


 円とともに小惑星に残っているはずの燈理あかりがなぜここにいるのか?

 さすがに慌てた鷹揚が、遮光シールドは思考での操作ができることを忘れていた。

 シールドの解除のためのスイッチを探してヘルメットを撫でまわしていると、突然視界が開けた。


 ……なぜ妖精?


 魔法が存在するのだ、妖精の存在は否定できない。

 しかし、目の前で小首をかしげている妖精は燈理あかりの姿をしているのだ。


 艶やかな黒髪が白いワンピースに映える。

 上機嫌に飛び回っているが表情は乏しい。


 目の前の二十センチ強の、腰のやや上の部分にトンボのような翅を生やした生物は百パーセント混じりっ気無しの燈理であった。

 いや、翅があるから九十七パーセントくらいかもしれない。


 いやいやいやいや、違う、そんなことは関係ないのだ。


「! もしかして……受肉?」

「残念でした。正体はこうです」


 燈理の姿が消え、金属質の球体に翅状の部品が生えた物体が現れる。

 燈理は鷹揚が球体の姿を確認したとみると、すぐに元の妖精バージョンの姿に戻った。


「立体映像だよ。ホスピスのときのお母さんをヒントにしんだぁ」


——さいですか。


 燈理が大人しく残留を受け入れたときに怪しいと思うべきだった。

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