12.客になりたきゃ金を払え

「オイオイオイ、狙ってやったなら、とんでもねぇぞ」


 男が眼前に突き出した両腕に挟まれた光球。これが消えたことで、男はようやく掲げていた腕を下ろす。

 男の着衣は既にその機能を保持しておらず、ぼろ布同然と化している。


 しかし、男の周囲は反対に破壊の後は全く見られない。


 ほどなく、男は目当てのモノが近付いて来たことを見とめると満足げに頷いた。


「ジンバ様! 市街地の被害はゼロです。」


 高速で近づいた薄緑色の円盤が、ジンバの頭上で静止し報告をする。


「うーい! お疲れ〜! じゃ、とっとと報酬をいただいて撤収しようかね。 ズンダ君、他のアニマルズに通達〜。 俺が報酬の確認をしてくるまでに撤収の準備。 終わったヤツから休憩って感じで」

「では、僕がジンバ様の護衛につきます」

「ダイジョブ、ダイジョブ。 今は一人の方が都合がいいから」

「……承りました。 くれぐれもお気をつけて」


 小型の自家用車サイズの円盤がジンバの頭上で旋回すると、来た時と同じく音もなく飛び去っていった。


「それにしても……」


 目の前の状況に苦笑しか出ない。

 謎の砲撃により、扶桑国の外部進出可能な戦力の三分の二が機能不全になっている。

 先発隊とはいえ、この被害は無視できない。侵攻作戦に大幅な修正が必要となるだろう。

 しかも、ゲートも主要部位が破壊され、補給と進行及び帰還路が同時に断たれている。

 現在、ここ、辰の門ゲートコロニーはその機能を失っている。

 その反面、居住区画であるコロニー群は全くの無傷であり、民間人の被害は皆無であった。

 

「冴澄家が健全な状態なら、芙蓉国軍は普通はこれで詰みなんだよなぁ〜」


 現在、冴澄家は大きな内患を抱えている。

 これにより、思い切った用兵ができないのだ。


 十三年前、芙蓉国の内乱によって冴澄家は国家として独立した。

 しかし、同時に内外に強力な影響力を持つ当主を失った。


 これにより、冴澄家は外部に対して非常に強固な力を持つ。しかし、その裏で内部に対しての発言力は弱い。

 さらに、戦後に行われた、当主夫人で現当主代理の冴澄かなめの譜代貴族への配慮が悪い方へ転がった。

 これらが合わさり、今の芙蓉国と結んで権力を得ようとする輩の台頭に繋がっている。


 そして起こった、要の留守中のこの事態。


——留守居役の連中も思い切ったものだ。当主代理の不在中に冴澄領を芙蓉国に差し出して、その見返りにここの支配権を認めさせようって腹だろうな。あわよくば、芙蓉の七王家を八王家にできるかも、なぁんて夢見てんだろうな~。


「おっと、イカンイカン」


 ジンバは空中から着替えを取り出すと、器用に着替えながら芙蓉国軍本陣の静糸家の区画に向かった。





「お待ちしておりました。ジンバ様。応接室にて主人が対応します」


「いや、コッチも急ぎなんだ。金だけでいいよ。報告書は送っといたからよ。詳しいことはそっち見てくれよ」


会うといっておられます」


「はぁ~……手短にな」




 ジンバが家令に案内されたのは、豪華な応接室だった。

 当主の居住用の船とはいえ、戦場に持ってくる類の船とは思えない内装だ。


 豪華ではあるが調度品に一応の統一感は見られるものの、深い部分での統一感は取れていない。


 一時間ほどして、渡水が現れた。

 ジンバは座ったまま片手をあげる。


「おう! なんか会いたいってことだったから、邪魔してるぜ」


「この度はご苦労だった。 静糸様も喜んでおられる。 もう少し礼儀を解すれば引き合わせていぇってもいいのだが?」


「いらねぇ。 別にウチは貰うもん貰えりゃそれでいいよ」


「ふん……しかし、今のままでは報酬を渡すわけにはいかんな」


「おいおい、契約書の内容と違うじゃねぇか。 踏み倒そうってか?」


「契約した時とは状況が変わったのだよ。 前提が変わった今、アレは無効だ」


「へー、そいつぁ困ったな」


「だが、私も鬼ではない。 もう一つ仕事を受けるなら契約の報酬について考えないでもないぞ」


「いや、いいや。 俺も忙しいからな、ツケってことにしといてやるよ」


「待て! 客の言うことが聞けんのか! それに静糸様より直々の依頼なのだ」


「知らねぇよ。 それに払うもん払ってねぇんだから、アンタ客じゃねえだろ?」


「貴様! 今回の冴澄の小惑星施設の件を公にしてもいいのか? ただでさえ芙蓉国内での海賊行為の嫌疑がかかっているのだ。こんなときに、これ以上不利になりたくはないだろう?」


「勝手にしろよ。 要件はそれだけか? ンじゃ、帰るわ。 見送りはいらねぇよ……おっかネェからな」


 ジンバがいなくなった応接室で、何かを破壊するような音が響いた。





 目が覚めるような蒼。

 ジンバの船の特徴だ。


 全長七百メートル。鋭い船首に大型のスラスターを四機束ねたような独特の形状。

 船の上部には普通の商用船のような、操舵室や艦橋に類するものを持たず、その代わりにただただ真直ぐな甲板がある。

 しかし、大抵の者はその特異な形状よりも、鮮やかな色の方に目が行ってしまう。

 そんな船だ。


 ゲートのメジャーコロニーに係留された船に戻ったジンバをクルー達——犬と猫しかいない——が迎えた。

 正確には犬六匹、猫三匹である。


「ジンバ! 報酬は貰ってきたかニャ?」


 薄茶色の猫がジンバを見上げて話しかけた。


「キナコ! ジンバ様を呼び捨てにするなと言っているだろ! それにガキの使いじゃないんだ、ジンバ様はキッチリ熟してらっしゃるさ」


「メンドいから、ツケにしてきた」


「ガキの使いだったよ!」


 キナコをたしなめた柴犬がジンバの回答に思わずツッコんだ。


「バトゥラ、大丈夫だ。 ツケはすぐに回収できる。 それより、すぐに離脱するぞ。 ナン、管制に連絡を取ってくれ。 チャパティとパラタは船の最終チェック。 多分、この後戦闘があるから念入りにな。 キナコとアズキとズンダは操艦準備だ。 残りはそれぞれの持ち場で待機。 ヨシ! 状況開始!」


 ジンバの掛け声に、それぞれが自分の持ち場に散っていく。

 彼らを見送り、ジンバも肩をほぐしながら艦橋に移動をはじめた。





「申し訳ありません、ジンバ様。 発艦の許可が下りませんでした」


 艦橋に着いたジンバは、ゴールデンレトリバーから半ば予想通りの報告を受ける。


「おお! 奴さん、珍しく仕事が早いねぇ。 いいことだよ。 ナンも気にしなくていい。 こうなるかなぁとは思ってたから」


 パン! ジンバが手を叩くと、心底楽しそうな顔をアニマルクルー達に向ける。


「ヨッシャ! いっちょ派手にやりますか! ニャッツどもよ! 構うこたぁねぇ、発進だ!」


「「「アイアイー!」」」


「あー、テステス。 管制の皆様聞こえておりますか? こちらは商用艦ツィゴイネルワイゼンのイケメン艦長ことキャプテンジンバだ! これより、安全運転にて無理やりの発艦を慣行します。 つきましては後始末をよろしく頼んます。 罰金は多めに振り込んでおきましたので、余剰分は皆さんで飲んじゃってください。 では、また会いましょう」


 岸壁から離れた蒼い船がアプローチ航路を進んでゆく。


 進行方向にいくつもの隔壁が立ちふさがるが、それらはツィゴイネルワイゼンの前にあっけなく喰い破られていく。


 ツィゴイネルワイゼンの艦首、特に舳先へさきの部分は鋭く頑丈に作られている。

 さらに、ここにビーム状の力場を発生させることで、敵艦の横腹を貫いて進むことも日常茶飯事だ。

 そんな艦にとっては、民間施設の隔壁などは紙と同義である。


 ちなみに、艦首部分は開閉式になっており、相手の船に突き刺したまま味方の戦力を送り込むこともできる。どんなときに使うかは秘密だ。





 ツィゴイネルワイゼンは保安艦の追跡を振り切り、鷹揚たかのぶがいるであろう小惑星に向かっている。

 ジャンプで移動をすると、航跡の追跡が容易になるため通常航行での移動だ。

 それにジャンプで移動せずとも、超高速艇に分類されるツィゴイネルワイゼンに追いつけるのは競技用の船くらいのものだろう。



「キャプテン! 十一時の方向から艦影十八! 主に静糸軍所属の艦隊と思われます」


 ナンの報告にジンバは小躍りする。


「もう、ツケを払いに来たか! そう来なくっちゃな! 戦闘モードに移行! 各員存分に楽しめ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る