9.崩される日常の裏で<晶> 2/4

 渡海家の船で一足先に国元へ戻っていた渡海家の夫人達。

 彼女らの元に献上船消失の第一報が入ったのは、晶達留守居役が引き継ぎを終えた時であった。

 すぐに夫人の元へ向かった晶が見たのは、ふらつきながらも必死に感情の発露を抑える若奥様とそれを支える大奥様、そして、彼女らに対峙する伝達官の姿だった。

 彼らが伝えた国の決定は、家督とゲートに関する全ての権限の譲渡と二年間の執行猶予であった。


 おそらく、最初から全て仕組まれていたのだ。

 他家からの攻撃への対応どころではない、既に仕掛けられた罠にはまってしまっていて、勝負は決している。

 通常の手札では渡海家に逆転の目はないだろう。


 芙蓉国において、血筋は重要な意味を持つ。直系の血筋を失ってしまった渡海家では、家の存続のために取れる手段は極端に少なくなる。

 しかも、家人全てが無事という形での存続の手段は皆無となった。



 だからこそ、お家のため、今回は敢えて火中の栗を拾いにいく。


 そのために、晶は一年前に暇をもらったのだ。

 その後、何度か職も変えている。

 今、晶に何かがあっても渡海家に累が及ぶことはないだろう。


 長い期間問題なく稼働したアンドロイドには人権が与えられる。

 特に役付きの家での奉公なら十年で規定の期間は満了するのだ。

 よって、十五年勤めた晶が落ち目の渡海家を見限って独立したとしても、誰も怪しまないだろう。

 たとえ今回の任務に失敗して犯罪者として処分されても、恩知らずが転落したくらいにしか認識されないはずだ。


 これで良いのだ。


 目的の小惑星が見えてきた。

 目的地を目の前にして晶は改めて自分の覚悟を確認する。


 ロールアウト当時はただ戸籍が欲しかった。

 戸籍を得られれば自由な存在として在り続けられると思っていた。

 しかし、働いている間に考えが変わった。

 合理的なだけでは成り立たないことを学んだ。

 そして、合理的ではない判断の基準が自分では理解できないことも……。


 晶は思う。

 自分の心が決めた事をすることが生きるということなのだろう。

 今回の件は自分で決めたのだ。

 今、自分は生きている。

 きっと、大奥様に手を握って頂いたあの時、自分は生まれたのだ。


 既に正面視界の殆どを占めるほどに近づいた目的地。

 記録上は医療機器の研究開発施設とそれに併設されているホスピス。

 小惑星をくり抜いて建設された大規模施設だ。


 情報通り後ろから近づいてきた物資搬入用シャトルに取り付くため、最後の軌道修正を行う。軌道を計算し、担いできた岩塊を虚空に投げる。

 投石の反作用で流されるままにシャトルに近づき、吸着ワイヤーを射出。

 ワイヤーを巻き取りシャトルに取り付いたまま搬入口への到着を待つ。


 搬入口の中央をシャトルが滑り込んでいく。


 ここから先は情報がない。


 今の晶のボディは本来の体ではない。

 ここで使用されているレイバロイドと同型のボディを取り寄せた上で自分の中枢機構である核器を移植し、事に臨んでいるのだ。

 簡単にバレるという事はないだろうが、入港のチェックをすり抜けることが最初の関門であることに間違いはない。


 あっけないほどアッサリと内部に侵入できた。

 念の為、ここまで背負ってきたデコイを先行させてみたが、こちらも見咎められた様子はない。

 このデコイは、今のボデイと同型のレイバロイドだ。 中身はいじっていないため、普通のレイバロイドと同様簡単な作業しかできない。

 ただし、外装にステルス機能を施してある。 怪しい機体をワザと先行させて、施設の防衛機構を確認するために連れてきたのだ。

 


 シャトルに施設のレイバロイドが群がり、次々に搬入物資と搬出物資を入れ替えていく。


 この隙に晶はシャトル経由で施設のシステムにアクセスを試みる。

 システム侵入のウィザードプログラムも問題なく仕事をしてくれた。

 流石は渡海家謹製の運航管理プログラムをベースにしただけある。

 簡単に最上位権限の取得に成功し、晶のシステム内へのダイブをサポートする。


 デコイの方もシステムダイブさせ二手に分かれて走査を開始する。

 シャトルとレイバロイドのアクセスのタイミングに合わせて管理システムにアクセスし、システム俯瞰図を作成。

 次々と当たりをつけたシステム上の部屋に訪問し、情報を集めていく。

 必要な情報は、地図と物資の移動の記録。 生物の存在の有無。 直近の施設に関する予定。 そして最も重要なターゲットの形状と位置。


 ターゲットはゲートコアのマザー。

 一般的にはゲート航法の方が有名であるため、この物質はゲートコアと呼ばれている。

 しかし、元々ゲート航法技術はゲートコアと呼ばれる物質の研究から生まれた。

 つまり、ゲート航法技術は、この物質研究の副産物なのだ。

 そして、研究者の間ではこの物質はこう呼ばれている。


 賢者の石。


 製法は全く不明。

 同じ物質、同じ組成で生成しても、賢者の石にはならない。

 どうやら、既存の計測機器では測れない物質が含まれているのでは?とも、製法の手順が正しくないのではとも言われているが、詳しいことは闇の中である。


 この賢者の石の産出を行う唯一の氏族が惑星│冴澄さえずみを治める冴澄家だ。

 この恒星系国家は芙蓉国の領域内に存在しているが、完全に独立した国家として機能している。

 元々、芙蓉国を構成する一貴族家であったこの家は十三年前に芙蓉国で起こった内乱の折に独立を果たしている。

 その内乱の発端についても、独立後の国家の維持についても、その理由の一つが賢者の石の唯一の産出国という地位にあることは公然の秘密である。


 再三に渡る関係国からの技術情報の開示要求を突っぱね続けている冴澄家だが、ここにきて賢者の石に関する発表を行った。


 ——賢者の石はある物質からの生成物であり、その物質の作成方法は不明であるため、技術供与はできかねる。


 賢者の石には親となる物質が存在し、マザーコアと称されたその物質が惑星冴澄のどこかにあるというのだ。

 当然、冴澄家はこれ以上の情報を開示しなかった。


 長らくその所在が不明とされていたマザーコア。

 これが冴澄恒星系の小惑星帯に隠されているらしいことを掴んだ渡水家が、これを手に入れるために窮地にある渡海家に話を持ちかけてきたのだ。

 マザーコアの入手に協力すれば、渡海家の現状維持での存続に協力する。

 どうせ、これも計画の内なのだろう、協力とは名ばかりの、実際には断る選択を取れない強制そのものなのだ……。


 晶は自分の作業の手が止まっている事に気が付いた。

——いけない、速やかに終わらせなくては。長引けば管理者に気付かれるリスクが大きくなる。


 突然、体に痛みが走る——気付かれた!

 すぐにデコイと入れ替わりつつダメージをデコイに貼りつける。

 同時にデコイのプログラムの無事な部分をコピーして自分の損傷部位に張り付ける。

 予め設定していたプログラム通りに逃走するデコイを、攻撃者が追いかけている隙に自身を記録フォルダに擬態させる。

 ——とにかくやり過ごすしかない。

 相手はデコイを二度攻撃しただけで消滅させるだけの攻撃力を持っている。

 プログラム特化型ではない晶の能力では太刀打ちできない事は明白だ。

 やがて、攻撃者はシステム俯瞰図も消去すると消えていった。


 晶は動かない。


 自分だったら待機場所へ移動した後もしばらく監視する。 今動けばあっという間に消去されるだろう。

 もっとも、物質空間の本体を破壊されたらどちらにせよそれまでだ。

 今頃、機能を停止したデコイの体は処分されている頃だろう。晶の核器が見つからなければ良いのだが……。


 ここまでの対応で分かった事は、攻撃者は明らかに個人の意志を持っているということだ。

 晶は現在、シャトルからの初期搬入システム内に限り、その最上位権限を持っている。

 これに対する干渉権限を持つプログラムを武器として操ることが出来るのは、物流システムの外部からの操作権限を持つ何者かだけだ。

 相手が生物なのか意志を獲得した機械なのかは不明だが、相手が独自の判断で電脳空間へのダイブができることと、晶が見張られているであろうことは間違いない。


 『姿が見えなかったという事は、狙撃型か隠密型……どちらにしても手持ちのプログラムに有効な対策を打てるものがない以上お手上げだな。待機するしかない』


 電脳空間で待つという行為はなかなかに忍耐が必要だ。 電脳空間は物質空間の何千倍という速度で時間が流れる。 数千日待機してようやく物質空間で一日が経過する。


 だが、待つしかない。

 強制的に本体を動かせば攻撃者に見つかることなく電脳空間から離脱できるかもしれない。

 しかし、晶を構成するプログラム以外は持って出ることができない。

 それ以前に、本体を動かそうとした時点で晶の存在が悟られるだろう。

 同様に、本体へのデータ転送をしても気付かれるだろう。


 今は現実空間で本体が見つからないことを祈りながら、待つしかないのだ。


 それにしても、擬態の対象がファッション関係の資料とは運がない。

 慌ててコピーしたとはいえ、これでは中身を精査しても意味がない。

 咄嗟にデコイがいた場所と入れ替わったのだから仕方がないが、これがマザーコアに関するファイルのだったらじっくり情報収集ができたのに……。

 先程まで取り込んだデータを開けるのはさすがにリスクが高い。

 不自然なデータの移動や開示は、存在を悟らせる。

 一つのファイルの中で複数の種類のファイルが開かれるのはさすがに目立つのだ。


 仕方がないので、擬態したファイルの中身を見ながら時間を潰すことにする。

 次があったら、大奥様に擬態中もスリープモードに入るように命令を頂くようにしよう。


 ……さすがに飽きてしまった。

 年代が古すぎる。

 水蒸気で僅かに発熱するだけで高機能衣類と呼ばれるなどありえない。

 いつの時代だ。

 天然素材製の衣類が信じられないほど安い事もおかしい。

 こんな記録をいったい何に使うのか?

 着飾ったことなどなかったので、多少の期待があっただけに裏切られたような気分になる。


 その時、隣のファイルが引き出された。

 併せて周りのファイルも次々に引き出される。


 閲覧したファイルを戻さずに次のファイルを引き出している? 何を慌てているのだ? 

 ファイルを取りに来ている姿が見えないという事は外部からのアクセスであろう。

 隠密型の攻撃者の欺瞞工作も疑ったが、ダイブしている者が全く同じファイルが二つ並んでいることに気付かないとは考えにくい。

 ここに来ている以上、欺瞞工作の意味がない。 即消去すれば良いのだ。

 外部アクセス者が、より表層に近いオリジナルの方を見ていると考える方が自然だろう。

 しおりを挟む位置の記事も内容が共通している。

 年下の彼氏とのデート服や髪型に関わる記事に偏っているのだ。


 とにかくチャンスだ!


 ここで動かずにいる間に、資料にアクセスしている者が晶の擬態ファイルを開いてしまうことの方が危ない。


 速やかに本体に帰還することにする。

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