9.崩される日常の裏で<晶> 3/4

 幸運は続いていた。

 荷積み作業が終わっていなかった。 大方、積荷の完成待ちなのだろう。

 既に目的の場所は分かっているのだ。 積荷の完成前に戻って来ることができれば、スマートに脱出ができる。


 思考空間内にマップを開く。

 目的の場所はホスピス区域の中央、マザーコアが研究開発区にないことに疑問がないこともないが、違うなら他を探せば良いだけのことなのだ。

 来訪者履歴の中から頻繁に来訪しており、近日中に来る予定のない人物を選び、IDを写し取ることにする。

 候補は二人、キトウ エイジとジンバ ウッズ。


「海賊ジンバに死神エッジか……なぜここのIDを持っている? この際だ、悪党の名前を拝借しよう。何かの時には彼に疑惑を被ってもらうか」


 もともとが一般の施設なのだ。 通路に罠の類があるはずもなく、簡単に目的の区画にたどり着く。


『長い通路に扉が一つ? 大部屋にしては広すぎないか?』


 一瞬、待ち伏せの可能性が頭をよぎる。

 現在は侵入者が排除されて間もないのだ、警戒されていると考えるのが普通だ。

 しかし、記録に残っていた、この区画への搬入搬出物の内容を見てもこの先にホスピスの患者がいることは間違いない。 この短時間で患者の避難がすべて終わるということも考えにくい。


 そもそも待ち伏せに適した区画は他にもあるのだ。

 進むしかない。 いまの晶に中を探る術はない。


 円形の大きな空間。 天井は高く、中央に金属光沢を持つ樹木のようなオブジェクトが見える。


「なんだ、ここは?」


 人一人が入るくらいのカプセルが、中央のオブジェクトを囲むように幾重にも放射状に配置されている。

 それらは一見、宇宙葬の棺のようでもあり、培養槽のようでもあり、それらが中央のオブジェクトを見上げるように配置されている。

 晶はここにいる患者たちのカルテに記載された発症日が、全て同日であったことを思い出した。


「前内乱のテロ被害者か」


 十三年前、冴澄家の独立の原因になった芙蓉国の内乱とその発端。

 その事件の被害者たちが集められて、ただただ生命の維持を目的に眠り続けているのだろう。

 ここは普通のホスピスとは異なる、静謐な時を湛えた場所であった。

 晶は膝をつき祈りの姿勢を取った。


 そうしなければならないと心が訴えていた。

——ご隠居様が仰っていた通りなら、我々も無関係ではない……。


 中央のオブジェクトに近づくにつれ、巨木のように見えたものが紐状の物体がより合わさってできていることが分かった。金属光沢を持つその物体は時折上下に流れるような光を放つ。

 この材質には見覚えがある。


「バカな……賢者の石……? しかし、形状が異なる」


 賢者の石は球体のはずだ。

 形状に手を入れれば、たちまち機能を失うと聞いている。


 オブジェクトの周りをちょうど半周回った時だ。

 入口から聞こえた扉の開閉音に慌てて身をかがめる。

 そのまま様子を伺っていると、二体のレイバロイドがカプセルを台座から外し運び出していった。


「亡くなったのか……?」


 よく見るとカプセルの並びの中に台座だけになっているものが散見される事に気づく。

 そして、台座から覗く端子は電脳世界へダイブする設備に酷似している。

 そちらに向かおうと手をついた場所から、オブジェクトの隙間を縫って反対側が見える……と同時にもう一つのものが視界を横切った。


「……人?……と賢者の石!」


 オブジェクトの内部の空間を一人の人間と様々な大きさの賢者の石が漂っている。


——マザーコアどころか賢者の石を生成する工程についての判断ができない。とりあえず、なぜホスピスと賢者の石が同じ場所にあるのか探らなければ。


 晶は残されている台座の一つへと向かって歩き出した。





 通常、オープン型の仮想空間の場合、人が多い場所により多くのリソースが割り振られる。

 よって、運営側としてはボッチの一人旅を管理する方が割り振るリソースも少なくて済むため格段に楽になる。

 つまり、運営側は単独行動する利用者の周辺にあまり注意を払わない。


 逆に利用者が密集する場所では、利用者が背景へ干渉する頻度が高く、また、同時干渉などによるトラブルの可能性が高まる。

 つまり、運営側が注意を払うのは、利用者が密集する場所の利用者の周辺ごく近くの背景部分の傾向が強いことになる。


 よって、晶はプレイヤー(以下PC)ではなく、運営側が管理する人物(以下NPC)に擬態して混雑している場所の外部から混雑した場所へ侵入し、隙を見てNPCの擬態を解き、PCに戻るつもりでいた。


 この施設の仮想空間は外とはつながっていない、いわゆるクローズドワールドである公算が大きい。 外部からの出入りがないなら、紛れ込むにも工夫がいるのだ。

 これがオープンワールドなら、雑多な干渉にまぎれて侵入できる分、楽になる。


 しかし、仮想空間にダイブしてみると、クローズドスペースどころか一部屋しかない空間に晶一人が立っているだけであった。


 罠にかけられた? 晶が欺瞞プログラムを停止させ、防衛プログラムと帰還シークエンスを流そうとしたとき、晶に声がかかった。やたらと軽薄そうな声だった。


「いらっしゃ~い。思ったより早かったね。歓迎するよ! 平和な方の意味でね」

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