6.非日常への帰還 1/3

「キスとか言いました? ジンバさん、ふざけていられる状況だと判断していいんですか?」

「イヤイヤ、単純に命に係わる状況だよ?」

「では、キスはお断りします。ハグくらいなら我慢しますが、それ以上は嫌です」

「それ以上って……キスだけでいいよ。今はそれ以外必要ない」


 会話の中身はともかくとして、鷹揚たかのぶもジンバも油断なく山門前の三人の様子を窺う。

 中央の燈理あかりと思しき巫女装束の少女と、彼女の左右を固める二体の北極熊に勝る大きさの四足生物に動く様子はない。


「これ、このまま帰れば案外見逃してもらえるのでは?」

「試してみる気にはなれねえな……ところでキスの件から話を逸らしてないか?」


 ジンバは鷹揚の提案に答えつつ、会話の軌道修正をする。 再び鷹揚の顔が苦くなる。


「「キだスかはら無、理燈で理すちがゃ、んそをれ元でにジ戻ンすバたさめんにへキのス対し応てがく変れわっるてこ頼とんはであんりだまよせ!ん」」


「「ん?」」


「前提条件に齟齬があるな。 鷹揚君、キスの対象について君の考えを言って見たまえ」

「思いっきり動揺してますね。 たまえって何ですか。 えーとですね。 僕とジンバさんのキスを要求されていると思ってました」

「ウッワ、おま、そんな目で俺を見てたの?」

「チョット、なんでお尻隠すんですか! 変なこと言ったのはジンバさんですよ?」

「俺? いっちゃあなんだが、俺は女の子が大好きだよ?」

「案外、ジンバさんなら両方いけるぜ! とかいうと思ってました」

「……相手によると言えなくもないような……違うような?」

「急に説得力がなくなった!」


 鷹揚とジンバの意識が逸れたと判断したのか、四足獣の一方がとびかかってきた。


「シンイジョガク シンオンジョカーイ!」


 ジンバが突き出した両掌から陽炎のようなものが発生すると、四足獣をはじき返す。 四足獣は空中で身を翻すと元の位置へ着地した。

 続けて、左右それぞれの手の親指と人差し指で輪を作り、両手を合わせる。


「オン! アモキャ ビジャヤ ウン ハッタ!」


 ジンバの横から光の輪が飛び出し、山門前の三名を拘束する。 いや、抵抗しているのか輪は中空で止まっている。 それでも、拮抗している間は動きを封じていられることは分かる。


「よし、これでしばらく時間が稼げる」

「ジンバさん……」

「スゲェだろ? 驚いた? 驚いたよね?」

「神徒なんですか? 仏教徒なんですか?」

「え、そっち?」

「これがボケ返し……」


 ジンバと鷹揚のやり取りにあきらが変な介入をしてきた。


「もとい! とにかく俺の話を聞け! 今の燈理ちゃんは意識がない状態だ。 精神は眠っているが体は過剰防衛活動をしている状態だと言える」

「どうしてそんなことになったんです?」


 鷹揚の問いに、ジンバが気マズそうに頭をかき、逡巡する風を見せた後、モジモジし始めた。


「えっとぉ、鷹揚君をぉ、向こうへ引っ張り出そうとしてぇ、そのためのパスが欲しくて? 燈理ちゃんを拘束して記憶にアクセスしようとしたらぁ反撃されちった!」

「てへっとかやっても、かわいくないですから! むしろ気持ち悪いですから! てか、何してくれてんです! 悪いのアンタじゃないですか!」

「これが、一人芝居式マシンガンツッコミ……」

「晶さん、余裕ありますね」


 晶が再び変な介入をしたところで、ジンバが空気を換えるように切り出した。


「とにかくだ! お姫様の目覚めには王子様のキッス♡がほしいと思うんだ」

「なに気色悪い顔でキッスなんて言ってんですか。! もしかして、あの獣も……」

「うむ! よくぞ気が付いた! ナンとチャパティだ! さすがにレディの記憶を覗くのはためらわれたのでな! 彼女達にやらせたら意識をはじかれてアバターを乗っ取られた。 はじかれた意識はログアウトしただけだから彼女達の本体は問題ない。 アバターに仕込んだ隠しギミックまで発動されたから、厄介なのなんのって——」

「アバターって、もしかして彼女達って人間ですか?」

「いんや、犬だよ。チョイとスペシャルなだけサ」


 ジンバは弱まってきた山門からの光を見て、手を叩く。 小気味良い音で区切りをつけたのだろう。


「では、作戦だ。アニマルズは俺と晶ちゃんで片付ける。 晶ちゃんには武器を渡してあるから心配ない……心配ないよね? 鷹揚は燈理ちゃんをどうにかしてくれ」

「作戦って……」

「大丈夫だ! 根拠はないが、なんか行ける気がしてきた! うん! オッケー!」

「そもそも、何か対応策は無いんですか! 原因はジンバさんでしょう。 責任、取ってくださいよ」

「え~。知恵と勇気とか現地調達できるやつで何とかしてよ〜。 それに責任とれって言われても、俺既婚者だしぃ?」

「結婚できたんですね! ってちっがう」

「失礼な奴だねどうも。ほら、来たぞ! あきらめて突貫せい、若人よ」


 現状、鷹揚にとって納得できないことしかない。しかし、現状、鷹揚の心の納得より状況の収束を優先すべきなのは、《夢》での経験からも明らかだ。

 ——これが終わったら、絶対に全部話させちゃる。

 鷹揚は山門に向けて駆け出した。


 とびかかってくるナンとチャパティに対して、それぞれに晶が両腕を向ける。

 晶の肘から先が謎ギミックで収納され、顕になった砲身からエネルギー弾が射出される。


 鷹揚は着弾の爆風にまぎれて、スライディングでチャパティをやり過ごし、山門までの石段を駆け上がる。

 あきらめたのかヤケになったのか、鷹揚本人にも分からないが、素直に燈理へと向かっていった。


 燈理の左右に光の玉が浮かび、光線を発する。

 鷹揚はこれを発光が強くなった瞬間に身を翻すことでかわす。 発射されてからでは対応できない。


 何度目かの回避行動で転がったときに後ろを確認する。 後ろでは十字架を掲げたジンバが呪符をバラまき、呪符から現れた小ジンバが、ナンとチャパティにまとわりついている。 最後尾の小ジンバが神庭と書かれた旗を振っている——あの人はいつも楽しそうだ。

 同時に十字架を中心に、ジンバと晶を覆うように光の球が発生し、ナンとチャパティを押し返している。


 鷹揚はあの人の宗教観について、今度じっくり問い詰めてみようと思った。


 晶は手首から先が謎変形したガトリング砲で、ナンとチャパティを攻撃している。


 しかし、頑張っているだろう二人には悪いが、状況に全く統一感がない。

 科学なんだかオカルトなんだか、とにかく非常に残念な絵面だった。


「ふんグるい むぐるウナふ くトぅル……」

 ジンバが新しい呪文を唱え出した。


 見てはいけないような気がした鷹揚は、目の前に集中することにする。

 燈理の一足一刀の間合いに侵入した。 とにかく、燈理を捕まえよう。 鷹揚は燈理に組み付くべくさらに間合いを詰めようとして——地面を転がって距離をとる。


 嫌な予感がした。


 燈理の両のかいなが宙を掴んだ。 瞬間、なぜか鷹揚は燈理の腕の中にいた。

 燈理の顔が近づいてくる——チョット、なんで目閉じて雰囲気だしてんの?


「ジンバさん、話が違う!」


 鷹揚は顔を背け、近づく燈理の顔をやり過ごす。


「あ、やべ」緊張感のないジンバの声が聞こえた。


 鷹揚が顔をそむけた方向にちょうどジンバ姿が見えた。見るとジンバの膝から下が消えていた。消失は止まらず、徐々に腰へと向かって消失が進んでいる。


「あ~ぁ、タイムリミットだ」


 状況のわりにジンバの声はのんきだった。


「わりぃ! ここらで落ちるわ。そのかわり、アニマルズのアバターは回収するからサ。晶ちゃん後は頼んだ」

「無理ですよ。足、無いんですよ? ボクが——」

「フ……あんなもの飾りだよ」


 晶の言葉に答えると同時に、ジンバの体が浮き上がる。

 空中で印を切り、「分身の術!」二人に分かれたジンバがアニマルズに取り付き「アーンド、忍法微塵隠れ! さらばだ! あ、桃色展開があったらレポートを出してくれよ!」


ポフッというなんとも間抜けな音と共に、万国旗と紙テープ、紙吹雪をまき散らしながらジンバとアニマルズが消えた。自爆技なんだろうけど……自爆技なんだろうけど! 悲壮感のかけらもないのが実にあの人らしい。

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