6.非日常への帰還 2/3

 ジンバが自爆技を披露した一方で、あきらはジンバに構わず鷹揚たかのぶ燈理あかりにとりついた。 ジンバが放っておく判断をされたことについては、やはりジンバの人徳のなせる業であろう。


「燈理さん、落ち着いて。 鷹揚さんがから放してあげて」


 燈理の動きが止まった。 力が抜けたように鷹揚を開放するとがっくりと膝をつく。 雰囲気がさらにおかしくなった。 よく見ると小刻みに震えている。


「あれ? えっと、嫌って程じゃないと思う……かな? 嫌っていうか、ちょっと驚いたんじゃないかな? 心の準備とか……とって抵抗があるというか……」


 晶が焦って追撃を加えている。 悪気はないのだろうが、あれはある意味、精神攻撃だろう。 晶の言い訳めいた言葉が続く間、燈理の震えは大きくなり続けている。


「どうしよう……燈理さん表情がないから、壊れた人形みたいになってるよ」


 言いたい放題である。晶……恐ろしい子。


 困惑する晶の横で、燈理がゆらりと立ち上がった。 震えも止まっている。


「あ、燈理さん、大丈夫ですか?」


 グリン! 音がしそうな勢いで首から上だけがこちらを向いた。 遅れて同じ勢いで体もこちらを向く。

 足は全く動いていないのに……。


 燈理の髪が白くなっていく。 瞳は既に金色の輝きを放っていた。


 鷹揚は燈理から距離を取りつつ、晶の手を引いた。

 直前まで晶がいた場所が黒くなる。 ただただ黒い空間ができていた。 暗黒の球体の中央に、燈理の姿だけがはっきりと見えている。


 鷹揚は、手を引いている晶がやけに軽いことに気づいた。


 無くなっていた——晶の腰から下が。


「ボクは大丈夫。そのまま走って」


 燈理を中心に景色が吸い込まれていく。 もちろん、鷹揚が突っ立ったままでいればそのまま黒い空間に取り込まれてしまっただろう。 可及的速やかに離れることしか選択肢はない。


 鷹揚に運ばれながら、晶が話を続ける。


「この体はデコイを操作しているだけだから、見た目ほどひどい状態じゃないんだ。 それより、強制的に帰還シークエンスが発動してしまっている。 だから、あと一分くらいでボクは送還されてしまう。 それまでに君に伝えたいことがある」


 一分かちょうどいい。鷹揚の全力疾走が持つのもそのくらいだ。


「もし、これから鷹揚君が本来の世界に戻ったとしても、おそらく君の自由は大きく制限されると思う。 それでもムコウへの帰還を望むなら、君は冴澄家へ直接向かってその庇護を受けるべきだ。 それ以外の選択肢は取らないでほしい。 いいね! 自分のことだけ考えるんだよ。 それから、会えて良かった。 色々気を使ってくれてありが——」


 ……さて、一人だ……。


 鷹揚は足を止めて大きく息を吐き出す。 息が整うまでに必要な呼吸はあと二回。 どのみち捕まるなら、色々試してみよう。 悪あがきには慣れている。


 燈理が近づいてくる。 こちらが引き寄せられている。 どちらでも良い。

 とにかく距離が近くなったところで、黒い空間が消え、燈理が手を伸ばしてくる。


 反応できない。


 不意に伸ばされた手が鷹揚の前に出現した。 動作の過程がない。 失敗したパラパラ漫画のように動作の前と結果しか認識できない。


 左手でいなして——鷹揚の左手が消えた! 

 右後方に体を投げ出し、後方回転。


 背中と首で起き上がる——鷹揚の右の膝から下が消えた!


 落下しながら木刀を抜き放つ。


 手ごたえあり。


 木刀が何かを押し返した。


 いける! 左足で地面をもう一蹴り、後ろへ回転。


 再び背中と首で起き上がり、立ち上がらずに残った左足で蹴りだして前進。


 反動を利用して、木刀を突き出しつつ右半身を前へ。


 成功。


 木刀が何かを押し返した手ごたえがある。


 正解だ。


 ジンバの木刀が鍵だ。


 木刀を前に押し出して——木刀に亀裂が入った。

 亀裂はすぐに木刀全体に広がり、木刀がはじけ飛んだ。


 詰みか……。


 ——! 砕けた木刀の中から光り輝く……ヤッパリ木刀が現れた。

 どうやら、元の木刀の表面だけがはじけたようだ。


 仕切り直しだ。それでも、手足が欠損した今の状態では分が悪い。


 ——! 鷹揚の体が元に戻っている。


 削り取られた周囲の空間も元に戻っていた。

 木刀に何か理不尽な力が働いていることは分かる。


 そして、役目を終えたように、既に力を失っている事も。


「この木刀、全て思い通りになるってわけではないんだな……今度ジンバさんにこの文字の意味も聞きたいな……絶対になにかこだわってるよ」


 鷹揚は木刀の陰雷霆の文字を指でなぞりながら、燈理を見る。

 そこには髪が白いままの燈理が立っていた。目は閉じられているため、瞳の色は分からない。


 まあ、害意はないだろう。

 胸の前で手を組んで、若干上をむいて唇を突き出している。


「アカ姉……そろそろ怒るよ?」

「王子様のキス……」


「置いて帰るよ?」

 燈理は動かない。


 鷹揚はため息をつくとフランクフルトの屋台から、商品を一本拝借して燈理の口に押し当てた。もちろん代金はカウンターに置いてきた。


「これでいい?」


 燈理が頷いて頬を赤らめる。


 完全に騙されている!


 ——どこかで聞いたことがある方法だったけど、騙せるもんなんだな。

 鷹揚はバレたらどうなるかは考えないことにした。


「説明してもらいたいんだけど、いいかな?」

「大丈夫、何でも聞いて」

「なんで、お寺なのに巫女服なの?」

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