5.非日常のあぎと 2/2

 ふと、鷹揚の手が柔らかい感触に包まれた。 ぬくもりが伝える安心感に、意識が思考の淵からひき上げられる。

 ようやく、鷹揚は自分が目的地を通り過ぎようとしている事に気付いた。 同時に、晶に手を握られている事にも気付いてしまった。

 体勢から目的地を通り過ぎようとする鷹揚を引き留めただけだ、ということは推測できるのだが、妙に顔が熱くなるのを感じた。


「とりあえず座ろう。ジンバさんと燈理あかりさんが来るまではボクらにできることはない」


 鷹揚は、反対の手も握ってくる晶に落ち着かないものを感じるが、言われた通り門脇の花壇のへりに座って燈理達を待つことにした。


 ふたりでたい焼きをほおばりながら、待つことしばし。疲れた頭に糖分が優しい。


 落ち着いたところで、鷹揚はある事に思い至った。しかし、隣でリスのようにたい焼きを頬張る晶に尋ねて良いものかどうか……。


「鷹揚君。さっきのホールの件だけど、ああいう事って今までもあったかい?」


 鷹揚がどうしようか迷っているうちに、たい焼きを食べ終えたのだろう、先に晶に尋ねられてしまった。

 だが、これで彼女が先ほどの異常事態について、さして驚いてもいないこと、その異常事態について晶なりの答えを既に持っていることが想像できた。


「さっきのが初めてだよ。晶さんこそ、さして驚いていないようだけど、あの事態について何か知ってるの?」

「知っている事は少ない。ほとんど予測を基に推測した話になるけど、僕は君自身が君を取り巻く状況について知っておいた方がいいと思う。君が聞いてくれるなら、ボクのことも併せて話すよ」


 鷹揚が少し迷ってから先を促す。「裏を取っているわけではないけど……」と前置きをした上で晶が話しだした。


「まず、前提としてボクも鷹揚君も本当の体はこの世界の外にある。 多分、ジンバさんと燈理さんも同じだと思う。 あと、これは想像になるけど、君の記憶はーー」


 突然、人の気配が消えた。


 同時に本堂の方角から、空気の震えを伴った爆発音が鷹揚の体を通過していった。


「……きっと燈理さんだと思う」言いながら晶が立ち上がる。


「ここで、待っててくれ。 様子を見てくる」そう言い終わる前に、鷹揚は既に駆け出していた。


 小さい頃、縁日で通い慣れた境内を駆け抜ける。

 仁王門を抜け、不動堂の横を通る頃に、鷹揚は背後の足音に気づく。晶だ。


「危険だ! 門で待ってて」

「今回は拒否させてもらう。 状況がわからないんだ。 別行動の方が危険だよ」

「……分かった。 でも、僕より前にはでないでくれ」



 八角堂を潜ったところで、爆発音と共に山門から何かが飛び出してくる。

 飛翔物体はそのまま石段を飛び越え、地面でバウンドすると鷹揚の前で止まった。


「ジンバさん!」

「とぅ!」


 近づく鷹揚の前で、倒れていたジンバが逆立ちから飛び上がり、空中で二回捻りを決め、腕を組んだ姿勢で着地する。


「やぁ! これからお参りかい?」

「何中途半端にカッコつけてるんですか! 膝が笑ってますよ?」

「なぁに、チョット骨折と打撲、脱臼を嗜んだだけさ。 それと内臓にかすり傷がある以外はいたって健康体サ」

「世間一般では重症です!」

「晶ちゃん、聞いた? これがツッコミだよ!」


 いつも通り、訳が分からないが、鷹揚はジンバの様子から問題はないのだろうと判断した。 鷹揚が山門に目を向けると、巨大な獣と見知った人物が現れる。 獣の大きさは仁王門に鎮座していた仁王像と同じくらいだろうか。 オオカミのような四つ足の獣。 一方は毛足が短く、もう一方は長い。 額と肩から飛び出している角が凶悪だ。 そして人物の方は——


「ジンバさん、アレ、燈理さんですよね。 なんで巫女服なんです? ココお寺ですよ? それと、燈理さん、なんか雰囲気違いません?」

「鷹揚君!」

「なんです?」

「キスしてくれ!」


 ホント、ワケワカラナイ。

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