5.非日常のあぎと 1/2

 鷹揚たかのぶも健全な高校生である。

 一般的な男子高校生であるなら、ゲームくらいは嗜んでいる……であろう。

 もちろん、鷹揚もその範疇において一般的な高校である。

 特に最近は、ジンバが格闘ゲームの練習と称してディープな付き合いを強要するため、かなりの腕前になってしまっている。


 格闘ゲームをするたびに鷹揚は思っていた、『技後の硬直って現実世界ではありえないよね』


 しかし、今、彼はその考えを改めざるを得ない状況に陥っている。

大鎧が消滅し、世界が切り替わった。 周囲に街中の喧騒が戻ったのだ。

 エントランスホールには、今日のイベント、あるいは縁日に参加するべく足を伸ばして来たご家族連れが押しかけている。


 そんな中に『波‼︎』なポーズのお兄ちゃんがいたらどうなるだろう?


 小さなお友達に囲まれながら、鷹揚は技後の硬直って羞恥心から発生するのではないかと、割と本気で考えていた。


 原因の一端を作ったあきらはイベント案内の看板を眺めて他人のふりをしている。


 今ほど、この場にジンバがいないことを悔やんだことはない。

 いや、彼にいてほしいと思ったのは、今回が初めてかもしれない。


 きっと、彼ならノリノリでヒーローポーズを披露してこの場の注目をさらってくれたことだろう。

 自然、『波‼』のポーズの注目は薄まるはずなのだ。


 大道芸状態の鷹揚とその周りで思い思いに楽しむ子供たち。

 ヒートアップする小さなお友達の中、そっと立ち去る鷹揚に子供たちの追撃が入る。


「お兄ちゃんバイバイ!」


 笑顔で手を振りながら、走り出したい衝動と戦う鷹揚が外へ出たころ、ようやく晶がとなりにやってきた。


「鷹揚さん、見事なスタチューだったな! こう……なんというか……」

「裏切り者……」

「! ボクだって迷ったんだ! 対応策が浮かばなかったというか、救出方法が浮かばなかったというか……あんな恥ずかしい状態の君の傷を広げずに、どうやって上手く誤魔化すかとか——」

「……モウ、イイデス……。 ……さあ! とにかく状況を整理する前に、アカ姉と合流しよう。 ジンバさんもいるはずだから、今回のことを相談しないと」

「そうだね、向こうもお白江さん? に向かっていると思うから、それが最善だと思う。

それと……さっきはゴメン」

「ワスレテクダサイ、オネガイシマス」



 鷹揚は晶に縁日の夜の雰囲気を味わってもらおう、はじめはそう思っていた。

 しかし、既にそんな精神状態ではなかった。


 普段の縁日の参道なら、闇によって余分なものが見えなくなった幻想的な空間に、期待感が刺激されていた。

 闇の中に浮かび上がる屋台達も、どこかゆらりと頼りなく、それが彼岸というものをより強く意識させる。

 それでも頼りない明りが、自分の足元の常識を担保して、己が光の側にいるのだと、暗闇から覗く得体の知れないことわりの世界とは交わらないのだと安心させてくれる。


 そんな普通の非日常を体感してほしかった。


 しかし、今はどうだろう。光により濃さを増した暗闇が不安を搔き立ててくる。

 油断をしたら暗闇に引き込まれるのではないか?

 むしろ、そこから染み出した闇がまとわりついているのではないか?

 もしかしたら、普段見ている夢がこちら側へ溢れてきているのではないのだろうか?

 ならば、その境界は鷹揚自身にあるのではないか?


 ベルトに差した木刀をさわる。

 用心のために取り出しやすい位置に移したのだ。

 普段なら違和感しかない姿だが、今日なら大丈夫だろう。

 お土産か景品にしか見えないはず。





 晶は、フワフワと落ち着きのない今の鷹揚と、先程見た荒事に慣れた様子の鷹揚との間に、奇妙なギャップを感じていた。

 彼から感じる、まるで促成栽培されたような、存在の不自然さはなんなのだろう。

 単純に技術をインストールしただけの、経験の浅い兵士とは違う、歴戦の兵士つわもののような佇まいを見せる時もあれば、今のように未経験の事態に戸惑う一般人のような様子を見せる時もある。



『——よく見極めるといいサ』



 に来るとき、ジンバに言われた言葉だ。


 海賊ジンバ。 十八年前の内乱の決着に関わった人物の一人。

 しかし、実際に所属した陣営など、内乱に関わる彼のデータは公開されていない。


 噂では調略部隊に所属しており、様々な超法規的任務をこなしていたとも、逆に軍の補給線の分断や攪乱を行っていたとも言われている。


 海賊の二つ名は、その時のものであるというのが一般の認識だ。


 それに加え、内乱時にどの陣営からも三悪と恐れられた、天災、死神、幽霊船のなかで、幽霊船がジンバではないかというのが、晶の周辺での共通した認識でもある。

 三悪の幽霊船は、戦地も内地も問わず、神出鬼没に全陣営に損害を与える事ができた。その損害を与える戦法が調略や補給に対する破壊や混乱工作の類であった。


 そして、これは海賊ジンバの特徴と符合する。


 どちらにせよ、直接会った時に示された、ジンバの力の片鱗は逆らってはいけないモノそのものであった。

 今のジンバの不興を買うことは、故郷の蹂躙とイコールなのだ。


 実際に晶は任務でに来ている。


 に来る直前にジンバが直接接触してきた。

 その時の晶には、既にジンバの依頼を断るという選択肢はなかった。


 晶の行動に恩人達の身の安全がかかっている。


 絶対的にジンバが有利な状況でなされた晶への提案。

 本来なら、晶に対して提案ではなく命令ができる状況。

 その上で、ジンバは晶に選択の余地を与えたのだ。


 ——どうするかは冴澄さえずみ鷹揚の人となりを観察してから決めればいい。

 

 それから、ジンバのお膳立てで鷹揚と出会い、短時間であるが行動を共にした今、晶は目の前のチグハグな少年を、好ましい人物であると判断していた。


 晶は目の前で、どこか上の空で歩いている少年へ目を向ける。

 まずは鷹揚を落ち着かせよう。


 このままでは目的地を通り過ぎてしまう——。

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