4.日常の終わり 3/3

 結果から語ろう。この企画は失敗だった。


 入場料がかかるのはいい。

 分かっていたことだ。

 景色もいい。ラウンジを一周回ることで市街地の全周を見る事ができる。

 海も見えたし、特にだんだん暗くなっていく街に浮かび上がる参道の灯が幻想的だった。

 全く文句はない。


 問題はここからだ。 なぜ、今日に限って展望ラウンジにカップルしかいないのだろう。

 はクリスマスイブだけでいいではないか。


 後に鷹揚はこう語った——

 展望ラウンジの窓に沿ってぐるりとおかれたベンチにはすべからくカップルがいてね、みんなピッタリくっついて、二人だけの世界に浸ってるんだよ。


 もうね、なんかね、我々には刺激が強いんですよ! 

 直通エレベーターから降りて展望ブースまでの短い階段を上ったら、早足で一周して、再び直通エレベーターに乗ってから、沈黙に耐えかねては感想を言い合って、また沈黙する。はい、そんな状態でございました。

 若干、キレながらの語りだったらしい。


 さて、鷹揚たちが展望台の直通エレベーターの終点階で、一般のエレベーターに乗り換えてから、エレベーターは三つのフロアで停止した。 しかし、三回とも誰も乗り込んで来なかった。

 そのまま一階へ到着したエレベーターをおりると……エントランスにも人がいなかった。


 やはりおかしい。


 ガシャ……ガシャ……。

 怪談なんかでよく聞くシチュエーション。

 鎧武者が隣の展示会場へ続く通路を歩いて来た。


 鎧武者が鷹揚達と距離を取って立ち止まった。明らかに鷹揚達を見ている。


「どちら様で?」


 鷹揚が訊ねるが、やはり返事はない。


 鷹揚はこの鎧に覚えがあった。確か往路で見かけた展示品の大鎧だ。

 モノづくり交流イベントで、京都の鎧職人さんがイベントホールに来ていたはず。

 おそらく見本の大鎧を誰かが着て歩いているのだろう。酔狂なことだ。

 面に隠れて顔は分からない。獲物は槍。弓でなくてよかった。飛び道具で暴れられるよりは対応が容易だ。もちろん、もめごとなく終わるのが最良である。


 いつもの夢だろうか? 夢であれば問題ない。失敗してもやり直しができる。


 しかし、夢であることを否定する要素もある。

 まず、今までの夢で、日常に関わる場所が出たことは無かった。 燈理やジンバなど、日常で会ったことがある人物が夢に登場したことも、もちろんない。

 そして、鷹揚は変わった夢を見るようになってから、それ以外の、いわゆる普通の夢を見たことがなかった。

 つまり、見知った場所を夢で見た前例がないという事だ。

 さらに、夢は鷹揚が生還できるようになるまで、毎日同じシナリオの夢が繰り返されるのだ。

 しかも、直近の夢で鷹揚は格納庫と共に爆死している。

 つまり、クリア前なのだ。


 ——夢じゃないんだろうな……。


 それならなおさら、あんなのに関わる必要はない。 出口はすぐそこだ。

 幸いなことに出口は大鎧と反対方向。 これが偶然のエンカウントで、かつ、こちらが目的でなければ逃げられるだろう。


 鷹揚は晶を促して出口へ向かう。 向かうのは自動回転扉の脇の手動ドアの方だ。

 こんな時に自動回転扉を選んで、扉に不具合が出ればアウトだ。 それに、回転扉には人感センサーが働いていて、回転する空間を三つに仕切るガラスに近づき過ぎると、安全確保のために止まってしまう。 来る時に晶がここを通過するのに難儀していた。 よって、回転扉は非常時に利用する出入口ではない。


 鷹揚は後ろ手に出入口のドアノブに手をかける。


 開かない!


 鍵がかかっているというレベルではない。ドアの構造上の遊びが一切ない。

 微動だにしないのだ。


 鷹揚は首の後ろに冷気を感じた。 考える前に体を倒れ込ませる。

 鷹揚の頭があった場所を槍の穂先が通過していった。

 ドアに気を取られ過ぎていたようだ。

 手をつきながら、大鎧の顎へ蹴りを放ちつつ晶の側へ転がり、その勢いで立ち上がって構えをとる。


 槍で突かれたガラスは割れていなかった。

 傷もないまま穂先を受け止めている。


 理屈はともかく、ドアからの脱出は無理か。


 大鎧がこちらに向き直り、再び槍を構える。

 先ほどの蹴りで面が外れたのだろう。


 面を失った兜の中身はがらんどうだった。

 ——勘弁してくれ。


「晶さん、僕の鞄を預かってて。僕がアイツを引きつけて時間を稼ぐから、先に回転扉から外へ。外からなら、脇のドアが開くかもしれない。異論は認めないよ。晶さんより僕の方が強い——二人とも助かる可能性はこれしか思いつかないから」


 晶に鞄を渡し、木刀を構える。

 左足をひき腰を落とす。

 左手は左足の付け根へ置き、突き出した右手は木刀が地面と水平になるようにおいた。


 大鎧は左半身を前に、両腕を上げて穂先をわずかに下げる。穂先の延長線上は鷹揚の心臓だ。


「いい? 今は少し離れて僕の後ろにいて。アイツに一当ひとあてしてから、僕は左右どちらかに動く。アイツが僕を追うようなら、晶さんはそのまま回転扉から外へ。 晶さんを追うようなら、もう一度僕の後ろへ戻って」


 鷹揚はゆっくりと大鎧に近づき、あえて大鎧の間合いに右足の先を差し込む。


 先手は大鎧。

 だが、動いたのは同時。


 大鎧は構えのままに槍を突き出してくる。

 これに対し鷹揚は左手を添えた木刀で槍の軌道を逸らしつつ、右足で大鎧の左足を踏みつけて左膝を大鎧の胴体に打ち込んだ。

 そのまま大鎧共々転がり込む。


 先程と同様、転がった勢いで起き上がった鷹揚の手には木刀の他に大鎧の脇差が握られていた。

 両足を肩幅に開き、両手を真っ直ぐに前に突き出す。

 そのまま大鎧が立ち上がるのを待つ。


 起き上がった大鎧は鷹揚に向かって左半身を前にして構えをとる。

 今度も上段に構えた。


 鷹揚の視界の端で晶が回転扉へ向かって動き出した。


 それでいい。


 今度も大鎧が先手。

 大鎧は頭上で槍を一回転させると勢いがついた穂先で殴りかかる。


 鷹揚は大鎧に近づきつつ両手の脇差で槍を撃ち落とし、左足で槍を踏みつける。


 しかし、大鎧は槍を離さない。


 鷹揚は槍に足を乗せたまま、右手の木刀で兜を殴り飛ばし、左手の脇差を胴体の襟の部分から覗く空洞に突き立てた。


 ——手ごたえはない。


 鷹揚は脇差を突き立てたまま手前に引いて大鎧を引き倒し、体制を整えつつ大鎧の背中側へ回る。

 大鎧が立ち上がって——。


『ガラスから離れてください』


 鷹揚が思わず機械音声のした方へ目をやると、自動回転扉の奥で晶がこちらを見て首を振っている。

 晶が回転するガラスに近付き過ぎたのだろう。 回転扉が止まっている。

 回転扉の三分割されているスペースで、晶がいるスペースはまだこちら側が開いている。


 完全に袋小路だ。


 大鎧が晶に向かってやり投げの要領で振りかぶった。


 間に合わない!


 なぜ、自分は大鎧の背後に回ってしまったのか? 

 敵の攻略に集中し過ぎた、自分の判断の甘さが嫌になる。


 大鎧に槍を投げさせてはならない。


 どう動く?


 その時、鷹揚の頭に浮かんだのは答えとしてはあまりにもバカバカしいものだった。


 ——か〇は〇波は出るようになったか?——


 実は一度も試したことはない。


 鷹揚の羞恥心は強固だったし、燈理をはじめ誰が見ているか分からないのだ。

 わざわざ、こちらからネタを提供する事もないだろう。



 咄嗟の時に直感を信じるかどうか。


 これができるかどうかで運命は大きく変わることがある。

 幸いにして、鷹揚はいわゆる勘が働いて九死に一生を得た経験を多く積んでいた。


 鼻から空気を吸い、空気が額から後頭部、喉から胸、腹、背骨を通って口から出るイメージで名状しがたい力を循環させる。

 互い違いに合わせた両の掌の間に空間を作り、指先から出た力が反対の手の掌にあたる感覚で手の中に渦の球体を作る。


 大鎧に向かって突き出した掌から解放された力が迸る。


 力の渦に巻き込まれた大鎧はあっけなく消滅した。


 ——そして、街の音が戻ってきた……。

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